Vol.5 感性を育むシュタイナー&バウハウスのおもちゃ【前編】
子どもの頃、大切にしていたおもちゃのことを覚えていますか? 積み木、ぬいぐるみ、またはライナスのセキュリティ・ブランケット(安心毛布)のように、クッションや毛布を大事に抱えていた人もいるかもしれません。
未就学児の子どもには「イマジナリー・フレンド(想像上の友人)」がいると言いますが、おもちゃはそんな幼少期のファンタジーをそっと引き出してくれる存在。今回は豊かな想像力と感性を育むSTEAMにまつわる知育玩具を紹介します。
■ファンタジーとあそぶ、シュタイナーのおもちゃ
ドイツの哲学者ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)は、教育、芸術、農学、医学など幅広い分野で独自の世界観を提示したひとり。彼の提唱するシュタイナー教育は後世に大きな影響を与えました。実は筆者も、子どもの頃少しだけシュタイナー教育にふれる機会があったひとり。同じくドイツには『モモ』や『果てしない物語』で知られる児童文学作家ミヒャエル・エンデがいますが、シュタイナーやエンデたちが届けてくれた豊穣なファンタジーの世界は、いまも心に深く結びついています。
シュタイナー教育を特徴づけるもののひとつに、「オイリュトミー」と呼ばれる体を使ったアートがあります。一種のパフォーミングアーツのような遊びともいえるでしょうか。子どもたちは軽快なピアノの音に呼応してくるくると走り回り、自分の体を木になぞらえたり、太陽の光になったりする。言葉の意味ではなく、音から受けるイメージを直感的に身体でとらえ、体の内側から想像力を育むレッスンです。このスウェーデンの「アウリス」社でつくられる鉄琴は音と心の関わりを大切にした、すっと透明に響く音を実現しています。自然と叩いていくうちに、演奏方法を学ぶのではなく、シュタイナー思想にひも付くような音そのものへの感性が開くかもしれません。
01. 「アウリス」グロッケン・ペンタトニック 7音
もうひとつシュタイナー教育では「フォルメン」と呼ばれる線描のアートがあります。文字通り「フォルム」を把握するアプローチであり、雨を描くときは空から水が落ちる垂直の縦の線、ぐるぐると渦巻く風は螺旋、葉っぱの葉脈のような左右対称のかたちといった具合に、この世界の有機的な事象をいくつも線で描いていきます。その線や面を自ら描くことで、体感的にかたちや現象を受け止めていくのです。このフォルメンを続けていくと、10歳を超える頃には驚くような幾何図形を描く子どもたちが現れます。
書籍『フォルメンを描く〈1〉―シュタイナーの線描芸術』
私自身、小さい頃はフォルメンにどっぷりハマり、ジグザグ線や螺旋のかたちをひとりで黙々と描いている子どもでした。もちろん人並みにマンガキャラやお花の絵も描いていましたが、このフォルメンを描く時間は、言語化できない心地よさに包まれるのです。そんなフォルメンのお供は、この「シュトックマー」社のクレヨンでした。主成分がミツロウのため、誤って口に入れても害がないこともさることながら、子どもの力でもするすると線がのびていく、気持ちのいい発色が一番の魅力。シュタイナーはゲーテの色彩論をベースに、色と心理の関係にも言及していましたが、子どものうちからたくさんの色を体感する経験は、その後の感性にも光を照らしてくれることでしょう。
02. 「シュトックマー」みつろうクレヨン・スティック
■バウハウスの造形教育にふれる
シュタイナーが晩年を迎えるころ、同じくドイツでは革新的な教育機関「バウハウス」が1919年に誕生しています。建築を主軸に、グラフィック、プロダクト、写真や舞台芸術に至るまで多様な美術とデザインの哲学を構築したこの学校が、後世に多大なる影響を与えたことはいうまでもありません。パウル・クレーやワシリー・カンディンスキーなど世界的な芸術家を教師に迎えたバウハウスでは、かたちや線、素材、身体の構造などをじっくりと観察し、造形そのものへの感性を育む多彩な授業が展開されました。この積み木のモデルは、1923年にバウハウスで制作されたもの。それからおよそ100年の時を経て受け継がれ、現在はドイツの「Naef社」がバウハウス財団から正式に依頼を受けて制作しています。
03. 「Naef」バウスピール
同じく「Naef」社でつくられたカラーゴマは、バウハウスで色彩研究を深めたルートヴィック ・ヒアシュフェルト・マックによってデザインされたもの。それぞれのコマには、白と黒や3原色をはじめ、シュタイナーも強く影響を受けたゲーテの色彩論や、レンブラントが提唱した光と影の配分など、さまざまな色彩にまつわる研究の要素が含まれています。コマを回して遊ぶうちに、色に対する解像度が高まっていくかもしれません。
04. 「Naef」カラーゴマ
「きたれ、バウハウス ー造形教育の基礎」展
昨年(2019年)にでちょうど開校100年を迎えたバウハウスを記念して、ここ日本でもさまざまなプロジェクトが展開されています。昨年から全国を巡回している「きたれ、バウハウス ー造形教育の基礎」展もそのひとつで、バウハウス教育の中身にフォーカスを当てて構成された貴重な展覧会。過去にもバウハウス由来の作品や作家が紹介されることは多々ありましたが、ここでは学生たちの習作デッサンなどが多数展示されており、タイトルどおり「教育の基礎」にふれることができます。ハイコンテクストな内容ではありますが、子どもと一緒に鑑賞するのもおすすめです。