DATE 2020.07.02

Vol.3 自然と生命への深い洞察。マンガで学ぶSTEAMのススメ。【前編】

マンガ大国ニッポンにおいて、最も誇るべきは作品数と多様性にあるといえるでしょう。歴史、スポーツ、SF、自然と生命、心の機微、あらゆることを「マンガから学んだ」という方は多いはず。筆者も無論そのひとり。マンガから得た学び・知識が、人生の礎を築いてくれたことは間違いありません。

「学習マンガ」がひらく、新たな世界の扉

マンガは学びの扉をひらく。

その思いに答えるかのごとく、2015年から「これも学習マンガだ!」なるプロジェクトが日本財団主催のもとで始動しています。これは歴史上の偉人の伝記や科学解説マンガではなく、既存のマンガ作品から「新たな世界を知る」ことができる作品を、マンガに精通した識者が選び、紹介するというもの。スタートから3年間で200作品が選出され、最近では図書館や書店などでも広く活用されるようになりました。

 

2020年度からは一般社団法人マンガナイトの主催事業となった、このプロジェクト。代表の山内康裕さんにお話を聞きました。

「エンターテインメントとエデュケーションをかけた『エデュテインメント(楽しみながら学ぶこと)』をコンセプトに、学習マンガの普及に努めています。最近では、専門的な知識をマンガに取り込む作品も増えてきました。『はたらく細胞』(清水茜/講談社)では、人体の細胞を擬人化し、そのはたらきを詳しく解説していますし、ジャンプで人気の『Dr.Stone』(原作:稲垣理一郎、作画:Boichi/集英社)は化学物質の組み合わせから火薬や薬を開発したり、TVドラマにもなった『コウノドリ』(鈴ノ木ユウ/講談社)は、産婦人科医の実情やさまざまな病状について詳しく描かれています。

過去には小学校6年生の道徳の授業でマンガを活用したこともあります。国語が苦手な子どもでも、マンガを通してだったら他者の感情や情景を考えられるようになった、という声もありました」(山内)

そんな「これも学習マンガだ!」のセレクトはすばらしく、数十年前の作品でもその輝きは色褪せていません。今回はこのプロジェクトの選出作品から、「STEAMな学び」につながるマンガを(筆者の愛と独断で!)ご紹介します。

01. 『もやしもん』 見えない「菌」の世界を想像する

『もやしもん』(石川雅之/講談社)

言わずと知れたバイオマンガの金字塔。菌が見えるという特殊能力をもつ主人公が通う農業大学を舞台に、酒や発酵食から病原体まで、ありとあらゆる菌が語りかけてきます。コミカルに描かれた菌たちのキャッチフレーズは「かもすぞ(醸す、発酵・腐敗させるの意)」。

この作品、「除菌」という言葉を見かけない日はない今日において改めて意義深さを感じます。目に見えない菌を嫌悪する風潮もあるけれど、一方で人間の体内には100兆を超える微生物が存在し、共に生きている。納豆や味噌や酒、あらゆるおいしさを育んでくれるのもまた菌。ちょっと難しい単語も並びますが、豊かな菌ワールドへの想像力が広がる一冊です。

02. 『動物のお医者さん』 「研究者」という謎の存在に迫る

『動物のお医者さん』(佐々木倫子/白泉社)

「大学の研究室」を描いたバイブルとして、見逃せないのがこの一冊。「懐かしい!」と声を上げる人も多いでしょう。生物学(正しくは獣医学)の知識が増えるかどうかはさておき、この奇人変人が行き交う研究室を描いた群像劇、「研究者」という謎めいた存在に、さらに興味が湧くこと間違いなし。ちなみに筆者の友人は小学生時代に出会ったこのマンガの影響で理系研究者に憧れ(なぜ)、細胞研究の道を目指すようになりました。将来なりたい職業との運命的な出会いがあるも、マンガの醍醐味です。

03. 『リトル・フォレスト』 食育にも!自然の瑞々しさをめいっぱい浴びる

『リトル・フォレスト』(五十嵐大介/講談社)

生命の神秘を描かせたら右に出る者はいない。そう断言できる稀有なマンガ家・五十嵐大介が、自身の東北暮らしの経験をもとに描いた「ローカル・食マンガ」。ゆっくりと時間が流れる自然豊かな田舎で、夏にはしゅわっと音が聞こえそうな甘酒サワー、何種類もの野菜で煮込む母仕込みのウスターソース、長くて重たい冬にはじっくりこねるひっつみ鍋……。そのどれもが、まるで森の音や風が体にしみこむかのごとく、瑞々しい自然の恵みで満ちています。卓越した自然への観察眼と画力で魅せる五十嵐作品は傑作揃い。『海獣の子供』『ディザインズ』『魔女』など全作において、この世界のあらゆる生命の声が響いてきます。

04. 『イティハーサ』 神話を体感する、魂の哲学

『イティハーサ』(水樹和桂子/早川書房)

マンガ界における隠れた大傑作。本作品を選出する「これも学習マンガだ!」の慧眼にも、脱帽です。古代日本を舞台に「目に見える神々」と「目に見えぬ神々」と、その間でさまよう人間たちのドラマを描き、生涯心に刻まれる哲学ワードが連発。透き通るような筆致と言葉の数々を読み進めるうち、まるで自分が聖地の中にいるような神秘の感覚に包まれます。『イティハーサ』に通底するのは、神々も、人間も、迷いの中にあるということ。彼らが語りかける大いなる問いは、生命、言葉、科学、領域を超えて人生のあらゆる学びにつながることでしょう。

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