ヘンテコ一家の最強ロードムービー『はじまりへの旅』から考える、家訓・教育のあり方とは?
今どき「家訓」がある家は、どれくらいあるだろうか? ネットで見た調査では、約7割の家庭に家訓がないという結果だった。
「家訓」は必要ないのか、「教育方針」はどうあるべきかについて考えるきっかけになる映画『はじまりのへの旅』は、すべての子育て世代、また子育て予備軍世代にもおすすめしたい作品である。
物語の主人公は、風変わりなキャッシュ一家。父親であるベンの教育方針により、アメリカ北西部の山奥にこもり、電気やガスはもちろん、インターネットもつながらないテクノロジーとは無縁の生活を送っている。子どもたちは学校に通わず、暮らしは自給自足。必要な食べ物は狩りや収穫で得て、最小限のものを店で買う。
朝は日の出とともに目覚め、山中でのロッククライミングやランニングなどトレーニングを欠かさない。日が暮れると読書や音楽を楽しむ時間だ。6人の子どもたちはみな優秀で6カ国語を操り、古典文学や哲学にも長けている。身体能力はアスリート級で、ナイフ一本で生き残るサバイバル術を身に付けている。
そんなある日、入院中の母レスリーがなくなったことを知る。「お葬式に行きたい」「ママに会いたい」と切望する子どもたち、そしてレスリーが残した願いを叶えるべく、愛車のバス“スティーブ”に乗って2400キロ離れたニューメキシコまで向かう珍道中がスタートする。
大自然から町に下りた子どもたちは、車窓の景色にも興味津々。しかし事件が次々に起こる。なんとか母の葬儀に間に合うも、レスリーの父ジャックからは参列を拒まれ、長男ボウドヴァンの進学の話、次男レリアンが不満をぶちまけたことをきっかけに、ジャックに「子どもたちの養育権を法的に争う」と宣告される。
さらに次女ヴェスパーが大けがをし、ベンが窮地に追い込まれる中、亡くなったレスリーが本音を綴った手紙を読む。とてつもない自責の念と悲しみに暮れたベンは、父親としての重大な決断を下す。
めまぐるしく変化する環境やロケーション、次々に起こる事件。その中で一番心を打つのが、父ベンの変化と決断である。家長のベンは、子どものことを考え、厳格な教育方針を打ち立て、知力も体力も申し分ないタフな子どもに育ててきた。しかし子どもたちは6者6様、個性や好み、思いはそれぞれ違うという現実にぶつかる。
家訓や教育方針は、どうあるべきか? 現代の暮らしでは不要という声もあるようだが、まっさらな状態で産まれて来た子どもが、まず一歩を踏み出し進むための指針、生きるガイドラインは絶対に必要だと思う。家庭は、社会の中での最小単位の枠。ここで育まれたこと、培ったことを軸に、子どもたちは社会に出る。
家庭がノールール、家訓も教育方針もなければ、子どもたちはどうなるのだろう? 社会も同じと勘違いし、自由すぎる振る舞いや行動で、迷惑をかけたり、人を傷つけたりするかもしれない。多様性や個性が重視されているが、無知や配慮のない行動・発言は問題外。人間としての思いやりや尊厳があってこそ、自由に生き方を選び発言することができるのだ。家庭でのルールの次に、社会でのルールというステップがある。
家訓や教育方針は、ひとつの指針であって、変えてはいけないわけではないと思う。子どもの成長や社会の変化に応じて多少変えていくことは必須で、それにより子どもの個性や豊かさが引き出されるような気がする。
映画館でぜひチェックしてほしいのが、6人の子どもたちの個性あふれるかわいい姿。長男ボウドヴァンの不器用な恋愛ぶり、次男レリアンの冷めた反抗心、動物のはく製作りが趣味というブラックな三女サージ、裸が好きでいつも全裸でうろつく三男ナイ。母の葬儀に参列したときのド派手でヘンテコな格好も愛嬌たっぷりなので、注目して見てほしい。
この作品でベン役を演じたヴィゴ・モーテンセンはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。強靭な父が、社会の壁や子どもの反発、妻の死を経て、葛藤し決断する姿は涙なしでは見られない。強い父はかっこいい、でも苦悩したり悩んだりする姿にこそ人間らしさや味わいがあり、魅力を深めている。
この映画はタイトルにもあるように、“はじまり”である。森でのサバイバル生活を経て、新たな暮らしを始めることでキャッシュ一家は続いていく。4月は新生活で、暮らし方や生活が変わる人も多い季節。そんな時期に、家族や家訓のあり方を考えるきっかけに、『はじまりへの旅』をぜひ観てみてはいかがだろう。