いま住んでいる部屋を内見に訪れたとき、リビングの窓から桜の木が見えた。冬だったから花も葉もなかったけれど、春や夏に変化する様を想像してうっとりとし、この部屋に住むことを決めた。果たして季節の移り変わりを窓越しに楽しむことができ、東京の真ん中とは思えないほど静かで気に入っている。南向きの窓からはよく光が射し、春には満開の桜が窓から手を伸ばせば届くほど近い。窓を全開にして眺めながら、日本酒を飲むのが毎年の楽しみだ。夏には蝉の大合唱で、街灯の灯りのせいで夜中も鳴いていたりするのだが、夏らしくて嫌な気はしない。桜の木の横には金木犀もあるので、香りが部屋に入ってくると秋の訪れを感じ、冬は鳥が桜の蕾みをついばみにたくさん飛んでくる。ああ、もうすぐまた春が来る、と思う。一人暮らしの部屋のなかは自分以外の生き物の気配はなく、時々しんと静まりかえった空気に圧迫感を感じたりしていたから、そういった自然の営みを小さな窓越しに目の当たりにすることで、随分と助けられてきた。いつの間にか人間がひとり増え、猫が来て、赤ん坊までやって来たから、うちのなかは賑やかになった。ひとりのときに窓辺を見ていたときの切実さとは違った思いで、きょうも外を眺めている。