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グラフィックデザイナーの長嶋りかこさんが、妊娠して日々変化する体から、今まで見えなかったことに日々出会い、新陳代謝していく景色を綴るエッセイ。 たしか5ヶ月目が終わる頃くらいだったろうか。なんとなーくフェイドアウトするようにつわりがおわってからは、ごはんが美味しすぎて、食べ物を口にして目を閉じると口の中で旨みと共にアドレナリンが広がるような感じで、夢見るようにファンタジー感ある美味しさを噛みしめる日々だったのだけど、ある日の旅館で出された、うすはりのコップに氷と共に注がれた富士山麓の冷たいお水がなぜかするすると体に入り、興奮して一気に飲み干し立て続けに四杯飲んでからは、水と氷の美味しさに目覚め、それからというもの毎日お水をたらふく飲み氷をボリボリとほおばりウマい〜と恍惚するようになった。その飲みっぷりにウォーターサーバーのお水の配達が間に合わず、夫が配達期間設定を変更したほど。しかしこの状況、あまりにあまりにだなと思い調べたら、何やら母体は羊水をきれいに保つためお腹の中のお水を常に入れ替える必要があるらしく、私はそのために水を飲まされているらしかった。ごはんもしかりだが、体の思考によって、まんまと飲まされ、食べさせられているから驚く。ボリボリ頬張りまくっている氷に関しては、次第に異常なまでの執着と化し、もはや水よりむしろ氷を食べる日々と変わっていったのだが、ある食事の席であまりに氷をボリつく私をみていた友人が、ちょっとおかしいよと即ケータイで検索した結果「妊娠後期に多い氷食症だって。原因は不明らしいけど。」と教えてくれてまた驚く。産婦人科での検診ついでに、この氷をバクくつ現象を先生に聞いてみたところ、それは貧血気味の人がなる症状で、検索通り“氷食症”だとのこと。たしかに検査の結果もヘモグロビンがかなり少なく、貧血だった。肝心の氷と貧血の因果関係は諸説あるようで、しかも未だはっきりとは解明されていないらしい。 それにしても。なんて体は“体の声“にとても素直で従順なんだろう。いつもは聞こえない体の声が、いつもに比べてこんなにも大声で分かりやすく私を動かしていることに驚く。この身体&精神の変化は、人類が生まれた時から“体の思考“が脈々と積み重ねてきて理にかなったものとなったのだろうか、体の自然の凄みを感じる。だけど素直で従順なだけに、ちょっと危ういと思うのは、脳からの指令によって体に指示されるいわゆる“病は気から“的な体の反応。というのも、私はかつて“想像妊娠”をしたことがあるのだった。ざっくり言うと、想像していたら擬似妊娠してしまった、ということ。完全に思い込んでしまった私と私の体は、その思い込みと妄想に対してとても従順に、忠実に、体を変化させ、ばっちり生理は止まり、つわりらしきものが訪れ、胸がやや膨らんで張り始めた(一応お伝えしておくと心当たりがあっての思い込みで、何にもないのにサラの妄想でこうなったわけではありませぬ))。よって完全に、これは!と思ったので自分でできる妊娠検査をするまでもなく、その頃のパートナーと私は話し合い、その結果ふたりで力を合わせて産もう!と心に決め一致団結したのだけど、更に相乗効果でますます体が変化していくので、もはやヤル気満々で二人で病院に行き、看護婦さんから言われるままに諸検査をし、呼ばれた部屋で先生に「たぶん妊娠してると思うのでよろしくお願いします」と鼻息荒めに説明。しかしそんな私に告げられたのは「えー、わりと犬に多いんですけど、これは想像妊娠ですね」という言葉だった。 い、犬? 、、、なんのことだからよく分からなかった。犬も動物全般も好きですけども、、、妊婦は戌の日に安産祈願でお参りに行くらしいですけども、、、昔は赤ちゃんの頃におでこに赤い字で「犬」って書く地域もあったらしいですけども、、、い、犬、、。と、かなり「犬に多い」という言葉のインパクトにやられながら、間抜けな顔で笑うしかなかった私たち。あの頃の、わりと前のめりな私の脳は、さあ子を育てるための体を準備して!と身体に号令をかけ、素直なからだは了解でス!とそそくさ順応したわけだけれど、私の体よ、あまりに従順すぎないか、、。 想像妊娠はともかく、常々体の思考はとても素直なのだなと思う。私という乗り物を自然に生きるための思考をしてくれているから、私は生きていられる。このお腹の子に関して言えば、きっと体の思考が今まさにフル回転してくれている。 ちなみにそんな私の乳首からは、妊娠6ヶ月後半から、既に、白い、まさかの母乳らしきものが、硬めの粘度で出続けている。これはやはり前のめりがちな脳とそれによる体の仕業なんだろうか、、、。いくらなんでも早すぎないかと思うのだけど、、。