遊びは自分の手でつくる。未来のクリエイター「YCAMキッズ」とは?
ここは「美術館」にあらず。未知と出会えるアートセンター
YCAMには、世界有数のメディアアート拠点であるアートセンターの顔と、地域の子どもたちに開かれた「実験と創造の場」という2つの顔が存在します。
多くのひとにとって、いわゆるアートセンター(美術館)といえば、入館料を払って、何らかの企画展を“鑑賞”する場所というイメージが強いでしょう。しかし、展示は基本的に入場無料、併設の図書館や公園というパブリックスペースのすぐ隣にあるYCAMは、子どもたちにとって家や公園の延長のようなもの。また、大きな図書館があることで、お年寄りから中高生、子連れのお母さんなど、毎日非常に幅広い年齢層の利用があります。作品の鑑賞ツアーを行えば、おじいちゃんと子どもが隣り合わせで作品について議論することもあるそうです。
地域にひらかれたオープンな場所で、世界的なアーティストが滞在制作を行っていたり、超先端的なアートイベントが開催されていたりするのがYCAM。それは、地域の人々にとって日常の中にアートが介入し、たくさんの刺激を受ける「未知との出会い」の機会にあふれていることを意味します。
それと同時に、先日の記事「みんなのアイデアで成長する遊び場、コロガル公園」でもご紹介した通り、独自のエデュケーションプログラムが充実していることも特徴。そこでは、YCAM InterLabのスタッフたちが現代のテクノロジーを駆使して、子どもたちに「未来のあたりまえ」を届けるさまざまなメディア環境を開発しています。
先述した「コロガル公園」の開催時には、近年からスタートしたリサーチプログラム「バイオリサーチ・ラボ」が展開されるなど、館内ではまったくタイプの異なるイベントが同時多発的に起こることもしばしば。そこで目にする「作品」は、お行儀良く静かに鑑賞するものでも、お勉強の一環でもなく、自ら積極的にさわり、遊び、誰かと共有していくものがほとんどなのです。
そんな環境が間近にある子どもたちにとって、YCAMは創造性を爆発させる格好の場所なのだと、YCAMエデュケーターの菅沼聖さんは語ります。
「いまの学校教育は、クリエイティブな素質のある子どもたちにとっては少し窮屈なんだと思います。その分、このYCAMは教育のサードプレイスとして、子どもたちがやりたいことに没頭でき、活動が認められる場所になっているんです。驚いたのは、時おり子どもたちからワークショップや遊びの装置を新たにつくる『企画書』が届くこと(笑)。YCAMなら何かできる!という期待から、自分たちのやりたいことを提言してくれるんです。もちろん全てに応えることはできませんが、彼らの好奇心に触れるたびに、背筋が伸びる思いです」。
自分の遊びは、自分でつくる。YCAMキッズを紹介!
平日午後4時。学校を終えた子どもたちが、YCAMに立ち寄る時間。
YCAMのイベントを通じて友達になった子どもたちは、ここを集合場所にしている子も多いようです。おしゃべりをする子、公園でサッカーをする子、図書館で本を読む子、カードゲームに興じる子、と自由きままに使われています。スタッフやアーティストとの距離が近いのも特徴です。「このドローン動くん?3Dプリンタ触らせて!」といきなり話しかけられることも日常の風景。こんな環境の中から生まれた、個性豊かなYCAMキッズの面々をご紹介しましょう。
Yamaguchi Mini Maker Fairに出展
小学生のころからYCAMのイベントに顔を出すようになった中学3年生のじゅんじゅんは、ものづくりの祭典Yamaguchi Mini Maker Fairに自分の作品を出展したり、「遊戯王」のようなカードゲームや、ボードゲームを自ら作ったりしてしまう根っからのクリエイター。電子音楽と民族音楽に傾倒し、最近の自由研究では「音の共鳴度」の実験をするために自作楽器を制作したそうです。
YCAM開催「未来の山口の運動会」のイベント中、ニコニコ生放送で実況
小学生YouTuberとして活躍するキゴシくんは、コマ撮りムービー作品をYouTubeに投稿。YouTubeチャンネル「キゴシムービー」には、50を越える作品たちが日々更新されています。山口市内の商店街にできたものづくりスペース「ファブラボ山口」を紹介するCM動画もあれば、自身の新作を紹介するニュース番組もあり、そのラインナップはさまざまです。YouTube投稿にハマったのも、YCAM10周年記念イベントで滞在していたアーティストに教えてもらったことがきっかけだったんだとか。
電子工作を得意とするカワムラくんは、YCAM InterLabが手がけた野生動物をインスタントカメラで自動撮影するデバイス「gonzocam」を改造して「イノシシ除け獣害マシーン」の制作に取り組みました。この開発秘話は、YCAMで開催された「サステナブルデザイン国際会議」でも発表したそうです。
これはほんの一例ですが、将来が有望すぎるこんなYCAMキッズたち。彼らの原点にあるのは、「遊ぶより、遊びをつくる」という精神。そして、面白いものを発見した暁には、「みんなに知ってほしい」と、仲間を集めたり、インターネットに投稿したりして、世界にシェアしていく。
先鋭的なアーティストやイベントなど、普段の日常から逸脱した「未知」との遭遇。そして、「やりたいこと」を最大限にサポートする。こうした環境を有するYCAMだからこそ、子どもたちがのびのびと、自ら考え、未来をつくる人へと育っていく。21世紀をサバイブしていく理想のエデュケーションのかたちが、いまYCAMで根付き始めているのです。(連載終了)