森を学び、木を知り、自分たちの手で家具をつくる。そんな「ていねいな買い物」を推奨し、長期にわたって学びの機会を提供する教育プログラム「ていねいな買い物教室」がスタートする。岡山県の家具メーカー〈ようび〉と伊勢丹新宿店が展開する学びのプロジェクト〈cocoiku〉、そして〈MilK JAPON〉の三社合同企画だ。学び、森、子どもと大人の関係。それぞれの思いが交錯した鼎談をレポート。(前編はこちら)
——前回は「ていねいな買い物教室」にかける皆さんの思いについて伺いました。プロジェクトの興味深い点は、約半年にわたってプログラムが展開される点だと思います。その根底には、岡山で家具作りを行うようびさんの、「100年かけて森をつくる」という哲学が流れているのでしょうか。
大島正幸(以下、大島):
はい、ここでは皆さんにもっと森のことを知ってほしいと思っているんです。ここで、森の持つスペースの話をすると、例えば、8畳の部屋があったとき、子どもならそこに50人入れたとしても、大人は到底ムリですよね。部屋に最適な許容人数があるように、森にも最適な面積と本数の関係があります。
自然の森はそれぞれの生き物が競争しながらすむ密度を安定させていて、100年スパンでその競争が行われた森林は自ずときれいになっていきます。ところが、いまの日本の森はほとんどが人工林で、自然の森のように自生できる環境ではなく、人が世話をしないと生きていけない森です。だから森が育つために間伐という方法があり、ただ切るだけじゃなくて、切った木を大切に使うことが大切です。
そこで「ていねいな買い物教室」で提案している、“木材から学習机をつくる”というプログラムは、未来の空気や水をつくる行為に直結しています。僕たちがいま飲んでいる水は、おじいちゃんの世代が森を世話してくれたからこそ美味しい。長い目線で森をつくっていく中で、森からのギフトとして机をつくることができると思うんです。
——子どもの頃に学んだことが、いま活きているという経験はありますか?
大島:世界の見方を親から学びました。何かあればいつも「どう思う?」と親が聞いてくれていたんです。それで、自分でなんとか答えを出そうとするクセが身に付きましたね。あと、親が4色だけの絵の具を買い与えてくれて、どこに行っても世界を色で再現する遊びを飽きずにやっていました。僕としては色をつくるという行為自体が世界を理解することだったんです。だから今でも色には温度や感情があるという感覚を持っています。子どもたちが森で職人に会ったら、そういう原初的な体験を元にした育みがそれぞれの子の中ではじまるかもしれません。
〈cocoiku〉 会田大也(以下、会田):プロならではのものの捉え方や見方に触れるのも大きな経験ですよね。
大島:たしかに、家具をつくっていても、ようびのベテランの職人同士には、共通言語があります。家具のパーツに合わせて「我の強い木」や「おとなしい木」とか、普段から盛んに論議されていて、木の性格を選んでつくるんです。木の性格というものが感覚的にやりとりできるんですね。
星本:いまの社会は視覚情報に頼り過ぎていますよね。そんななか「おとなしい木」に気付くって、視覚情報だけでは絶対に感じとれない。いろんな感覚を研ぎ澄ませてそういったことに気付くことができるって、「人間の生命力」と強く関係していると思います。今回のワークショップでは、ただ机をつくるだけではなく、あらゆる感覚を総動員した「気付き」を育む場になると思います。
大島:木って私たちと同じ生き物だから、素人でもその気配に気付きやすいんです。そういう意味でも「木」を学びの素材にすることには意味があると思います。
——ワークショップで得られるのは「モノ」と同時に「コト」のようにも思います。「コトを買う」という視点で見たとき、今回のワークショップでは何を得られるのでしょうか。
会田:「精算」という言葉の捉え方がヒントになると思っています。モノを買うとき、その場で瞬間にお金を払ってしまうと、それを手に入れて終わり、つまり精算がすむじゃないですか。でも、コトを買うっていうのはちょっと違って、きっかけとしてお金を払い、その後にずっとリターンが続くことだと思うんです。例えば、子どもが出来ることによって、それまで興味がなかった星空に興味がうまれて、ビクセンの望遠鏡を買ったりする。ビクセンの望遠鏡は高価ですが、購入して手に入れたときに「精算」が済むわけではなく、それから長年かけてどう使っていくかが重要です。
その望遠鏡で、子どもと一緒にきれいな星空を眺めて楽しむ経験は、「モノを買う」の先にある、ずっと続いていく精算です。だから、今回つくった机を見る度に体験した森や苦労、発見を思い出す事がずっと続いていくということです。高価とか安価といった切り口はものの値段の一側面ではあるけれど、逆にお金を支払った後から、消費者としてそのものの価値を充分に高めていくこともあり得る、ということだと思うんです。
大島:モノづくりをしてきた実体験で感じることですが、僕はモノをつくることって、恋することと似ていると思うんです。思い通りにならないことがあったり、ケンカしたりして、恋は僕たちに様々なことを教えてくれますよね。そして、愛は相手を知ることから始まります。恋から愛に変わっていく時間があるんです。僕らは家具の背景にある森や木をよく知っているから、森に恋して、愛するような感覚が強くある。
森を見ずに、モノだけをつくっていたときは生産だけに追われて、正直そんなこと考えもしませんでした。岡山県のようびに来てからは、モノの「個性」をちゃんと見るようになって、「この愛する家具のパートナーになるはどんな人だろう?」などと想像してつくっています。愛して、愛着をもって接するモノが身近にあれば、それだけで学びは続いていきますよ。
——最後に、これから「ていねいな買い物」に興味を持ってくれる人々へのメッセージをお願いします。
会田:大人になったとしても、見えないもの、不確定なものに出会うとき、1人だけだと不安です。そういうときこそ、自分の子どもが良いパートナーになってくれると思います。子どもが気付かせてくれたり、失敗を一緒に笑ってくれたり。子どもと一緒に探索できる未知のもの、初めてのことに対してワクワクすること喜ぶような心持ちで参加していただけると、きっとすごく楽しい経験になると思います。
大島:机をつくることで、自分が学びたいことが分かったり、興味の延長から愛が生まれたりするような機会になればと思っています。ものづくりは、言葉や文字では言い表せないコミュニケーションを含んでいます。今回、そのようなコミュニケーションを買うと思っていただけると嬉しいです。ここで生まれたきっかけが、きっと未来に無意識に影響を与え続けていくと思うんです。参加者はそんなことが楽しみになる機会になるかもしれません。
星本:今回、「生きることの本質」が学べると思って期待しています。また、ワークショップに参加しなくても、〈MilK JAPON〉の記事を読んでいただくとさまざまな事を知るきっかけにもなります。〈MilK JAPON〉としては、こういう学びのかたちがあるということを分かりやすく読者に届ける場になればいいなと思います。