ベストセラーとなった『動的平衡』(木楽舎)をはじめ、「生命とは何か」をわかりやすく、目からウロコな発想と思考で解き明かし、幅広い層から人気を集める生物学者の福岡伸一さん。自身をナチュラリストと語り、少年時代から虫取り網片手に山川を駆け回る、根っからの昆虫少年だったというご自身の経験からもSTEAM教育の大切さを実感しているそう。フェルメール好きとしても知られる福岡さんに、今回は、STEAM(Science:科学、Technology:科学、Engineering:工学、Art:美術、Mathematics:数学))のAにあたるアートにスポットを当て、その重要性を訊いてみました。
——そもそも理数系の教育に芸術系の発想は必要だと思われますか?
はい。そうですね、理数系の勉強には芸術の要素が、芸術の勉強には理数系の要素が必要だといつも感じています。私の専門分野である生物学では、細胞の内部構造や立体構造を考えるとき、空間把握的な感性が役立ちます。また、数学の証明や幾何学の問題を解くには、美的なセンスがヒントを与えてくれます。技術や工学にも、デザイン(かたちやバランス)の能力が大いに意味を持ちます。こういう感性やセンスはみんな芸術に親しみ、芸術の面白さを知るところからやってきます。逆に、優れた芸術、レオナルド・ダ・ヴィンチやフェルメールの作品には、理系的な視点が含まれています(遠近法や陰影の付け方、動きの捉え方など)。
——アートの要素が加わることで理数系の発想により創造力がプラスされるということでしょうか。
学問や研究は新しいことを発見・発明することに意味があるので、それはすべて創造性が必要だと言えますが、創造性はいきなり発揮できず、すぐに身につくものでもありません。膨大な基礎学力の上で初めて発揮されます。なぜなら、何が既知で、何が未知か、知らないことには何も創造できないからです。しかも創造性とは、先人たちの達成の上に、ほんの少しだけ新しい展開を付け加えることに過ぎません。基礎的なことは無限に学ぶ必要があります。なので、いつも基礎勉強を大切にしています。だから、まずはそれぞれの分野の基礎学力をしっかり身につけることが必要だと思います。どうしても詰め込み教育や暗記の要素も出てくることになりますが、土台をつくるためには、どうしても必要です。芸術(アート)に関しても、美術史を学びや有名な絵画、作品を知る(鑑賞する)ことが重要だと思います。
——具体的に、学生時代や子どものころにどんな芸術的発想と出会っていましたか?
私は、子どもの頃から、きれいな蝶やカミキリムシが大好きな昆虫少年でした。虫を採集したり、飼育したり、標本を作ったり、図鑑や参考文献を調べることによって、理系の勉強に必要な研究のセンスやプロセスを知らず知らずのうちに身につけ、それが生物学者のなるための基礎になりました。同時に、自然の作り出す美に親しむことによって、配色のセンス、造形美、バランスなどの審美眼、デザイン感性が身についたと思います。さらに、中高生になると、オランダの画家・デザイナーのM.C.エッシャーの不思議絵、だまし絵の世界にはまり、美術展やカタログを買って、作品に親しみました。エッシャーのテーマである平面充填(一定のタイル模様で平面を埋め尽くす)には数学的な解析や、結晶構造の研究などの背景があります。エッシャーの版画の中には、同じオランダの先輩にあたるフェルメールへのオマージュ作品もあり、オランダの美術史・科学史を知ることにもなりました。フェルメールは、17世紀の人で、同時代、同じ町にいた顕微鏡研究者レーウェンフックと交流があったとされているからです。このように知見と探求がどんどん広がっていきました。
福岡伸一的「10代におすすめのSTEAM的好奇心を刺激する3冊」
①「時間は存在しない」
著/カルロ・ロヴェッリ 訳/冨永星(講談社)
時間とは何か?という壮大な問いを、哲学、数学、物理学、文学、芸術などから総合的な視点から解読していくスリリングな試み。著者は物理学者。
②「未来のルーシー -人間は動物にも植物にもなれる-」
著/中沢新一、山極寿一(青土社)
宗教、考古学、哲学、歴史など広範なフィールドワークをこなしてきた人類学者(中沢新一)と、アフリカのゴリラの生態を研究してきた、そして今は京大総長となった動物学者(山極寿一)の縦横無尽な対談。理系と文系のあいだ、科学と芸術のあいだに橋をかける。
③「生物と無生物のあいだ」
著/福岡伸一(講談社)
「時間とは何か?」と並ぶ、壮大な問い、「生命とは何か?」に対して、人間がどのように取り組んで来たのか、それを生物学的、文化史的に後付け、その上で、わたし(福岡伸一)自身の考え方を述べた本。誰にでもわかるよう平易に書くことを心がけたのでぜひ、中高生に読んでほしい。