そんなふう 65
土曜日の朝、2階の仕事場で作業していると娘がお絵かきするの、と段ボールの板を持ってきた。宅配便の底に入っていた厚紙を、なにかに使えるかなと思い、とっておいたものを見つけたようだ。
作業している横で絵を描き始め、迷いなく数本のペンでさっと線を引いていく。色選びも線を引く場所もまったく迷わないので、つい作業の手を止めて見入ってしまった。
自分が幼稚園の頃、お絵かきの時間にどうしても絵が描けなくて、まわりは皆描き終わって給食を食べ始めてしまい、自分はできなくて他の人がなぜ描けるのだろうと泣いたことをずっと覚えている。水族館に遠足で行った思い出を描きましょう、というお題に答えられなかったのだ。描こうとしても、それは自分が見た、体験した記憶とはどうしても遠くなってしまうことにもどかしさを感じ、真っ白な画用紙を前にして長い時間途方に暮れた。結局ほかの園児が描いたものを見てそれなりに似たような絵を描いたら、先生にほら、やればできるじゃないの、と言われたことが、ずっとひっかかって腑に落ちなかった。
だから、娘のさっと線を引くその姿に見とれた。ただ腕が先に動く感じ、自分はそれができなくて、絵を描くことを早々に諦めた。写真だとそれがなんとかできそうに感じたから、ずっと続けてこられたんだろう。自分もそんなふうに絵を描きたかったことを思い出した。
できた、というのでなにを描いたのか聞くと、生まれるまえにのってたロケットから見たの、まどから見たの、と言う。数種類の色で構成されたそれは銀河のようにも見えた。星かな?と言うと、うん、ちきゅう、と言う。じゃあそのあとカカのお腹のなかに入ったの?
うん、大きいみどりのこわい星が山に落ちて、こわくなってカカのお腹にかくれたの。それで生まれたの?うん、そうだよ、と言うこと。胎内記憶を幼いころは覚えているらしいという説を聞いたことあったから、いつか聞いてみたいと思っていたのだが、あっさりその日が来た。どうやら宇宙から来たらしい。