そんなふう 63
そろそろアイスランド行きの航空券を手配しなくては、と思いながら年を越し、年明けすぐにネットで各航空会社の値段を比較検討したら、条件のいいチケットを見つけた。それでも購入する、というボタンをすぐに押せず、なんとなく保留にした。今思えば予感があったのかもしれない。自分が2月にアイスランドにいるような気がしなかったのだった。結局しばらくしてなんとか重い腰をあげてチケットを買った。早く撮影して作品を仕上げたかったから、自分のもやもやとした予感は無視したのだ。それなのにやっぱりなんだか行く気がしなくてレンタカーや宿の手配もできずに2月になった。その頃にはコロナの問題がアジアに留まらず、ヨーロッパにも顕在化してきていた。
結局、出発1週間前にはキャンセルすることになった。自分企画の撮影だから、急にキャンセルしても旅行会社にキャンセル料さえ支払えば、誰にも迷惑はかけない。いま思うとやはり行かなくてよかった。あの時点でヨーロッパの感染者はまだイタリア以外は出ていなかったし、3月にこんな状況になるとは思わなかったのだが、幼い娘を連れて行く予定だったからリスクを避けたのだ。
結局2月に予定していたアイスランドに続き、4、5月のヨーロッパ出張も延期。国内の出張もだいたい延期になった。
思えば独り身だった頃はスーツケースをしまう間がないくらいに常にどこかに移動する日々だった。娘が生まれてからも一緒に色々な場所に行けた。たくさん美しい街や景色や人に会えた。いまの日常から過去の移動の日々を振り返ると奇跡のように輝いて見える。
いまは歴史的事態をサバイブするために、しばらくは家で過ごしながら、移動の自由を享受できていたことを知る時間なのだろう。離れた場所にいる両親や友人にまた会えるのだろうか、と不安になったりするが、その度にその不安はいま誰しもが抱えていることだ、自分だけではない、と思う。楽観せず悲観もせず、乗り越えた先に新しい世界が拓けていることを想像することが、ささやかだけど不安に駆られる代わりにいまできることのひとつだな、と思いつつ日々過ごしている。