DATE 2019.11.13

そんなふう 58

2年前から千葉の房総半島に住んでいるのだが、今年の9月から10月にかけて台風が2度上陸した。1度目の15号のときは自宅にいて、夜中体験したことのない強烈な風雨の音が凄まじく、しばらく眠れなかった。川べりに住んでいるからどれくらい増水しているのか確かめたくて、勝手口を開けてライトを照らしてみても真っ暗でよくわからない。風も雨も強くて外に出られる状況ではなく、すぐに扉を閉めた。隣家の敷地の竹が何度もうちの壁と大きな窓にもぶつかるから、割れるのではないかとひやひやしたが、どうすることもできないのでただ台風が通り過ぎるのを待つより仕方がなかった。夜明け前に疲れてうとうとしていたら、そのうちに心配してもしょうがないと開き直ってきて、というか疲れて投げやりになったというか、とにかく気がついたら眠ってしまった。

夫の声で目が覚めると明るくなっていた。窓の外見て、と言われてすぐに外を見ると今までみたことがないくらい川が増水していた。敷地の上1.5メートルくらいは浸水していて、ぞっとした。家はそこからさらに高地に建っているので、家の中まで浸水はしなさそうだったけど、川の流れの速さに目を奪われてしばらくただじっと眺めた。夜中に停電が始まったのでトイレが使えなくて困ったが、そのうちに復旧するだろうとその時は楽観的に考えていた。落ち着かないまま、とにかく普段の朝を始めようと、コーヒーを淹れる準備をしていると、保育所の連絡網の電話があり、登園する場合はお弁当持参してください、ということだった。とりあえず娘のお弁当と朝食をつくり、普段通り保育所に送っていく。いつもの部屋ではなく、上の年齢の子どもたちの部屋できょうは過ごしますね、と言われて気がついたが、いつもよりも登所している人数がぐっと少なかった。その日は自分だけ都内に仕事に行く予定だったのだけど、これから停電がすぐに復旧するかもわからないね、と夫と話し合い、午後娘を迎えに行って一緒に都内の事務所に向かった。結局それから10日間停電は続き、事務所で生活することとなった。

近隣の方々のことを思うと心苦しかったが、東京で電気のある生活ができることはありがたかった。それでも生活の基盤は千葉にあるし、暗室作業もできないのでいつ復旧するか、毎日東京電力のホームページで確認した。他の地区の復旧が少しずつ進むあいだも、うちの住んでいる地区名がなかなかホームページの停電中の表示から消えない。毎日、きょうは帰れるか、どうだろうか、と思いながら生活した。

ようやく復旧して普段の生活に戻り、少し落ち着いた頃にまた台風。最接近する前日から東京の事務所に娘と避難し、夫は家を見守りつつ、いざとなったらすぐに避難できるように準備した。

二人だけだと少し不安だったこともあり、多摩川の近くに住んでいる友人家族も一晩一緒に過ごすことになった。いつものようにはしゃいで一緒に遊んでいる子どもたちを見ていると、大人たちの不安を和らげてくれるようだった。とはいえ夫のことも心配だったし、気を揉みながら過ごしたが、台風が通り過ぎたあとに電話すると、川も前回よりも増水してないから大丈夫そうだと聞き、安心して床に就いた。翌朝起きてニュースをチェックすると、想像を上回るほどの範囲で河川の氾濫があったことを知った。テレビの中では繰り返し浸水した地域を俯瞰で撮影した映像が流れていた。東北の震災時、同じように被災した場所を撮影した映像が繰り返し映されていて、目が離せなくなって、テレビの前から動けなかったことを思い出した。あのときもいま過ごしている友人と一緒だった。一人暮らしの自分を心配して一緒に一晩過ごしてくれたのだった。二人ですごいことが起こってしまったね、と言いながらずっとテレビを見ながら不安な夜を過ごした。あれから時を経て、いまはお互いに子どもがいることで、彼らの存在が共に心強かった。大事の際に身を寄せ合って過ごせる仲間が増えたことを、実感できたひと夜となった。
部屋の窓からは一晩中降り続けた雨後特有の、透き通るような光が射し込んでいた。テレビにはたくさんの家屋が水に浸かり、屋根の上やベランダから助けを求める人々の姿が映っていたから、その光をただ美しいと思うことに少しの罪悪感が芽生えたのだけど、しばらく見つめることを止められなかった。

BACKNUMBER 川内倫子 そんなふう
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第1回:多様な生き方、暮らし方
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