DATE 2018.11.22

そんなふう 41

この秋はヨーロッパでいくつか仕事が重なり、3週間くらい滞在した。自分が日中仕事でいないことが多いと予想されたので、母にも来てもらうことにした。数週間のあいだに飛行機や電車を使って何箇所かのアパートとホテルに滞在したが、家族3人分と母の荷物を持って移動するのは一苦労で、毎回小さな引越しのようだった。新しい滞在先にチェックインするたびに、ひとつひとつのプロセス、飛行機や電車を間違えないで乗る、チェックイン前に大家さんに連絡し、鍵をもらう、荷物を一つ残らず持って来る、などを成し遂げたことに毎回ほっと安堵したり、小さな失敗(子どもの靴や服をどこかに忘れたり、選んだ部屋が思ったよりも清潔じゃなかったり)を悔しく思ったりもした。

平日はほぼ仕事だけど、母が食事をつくってくれたり、子どもの世話を夫が引き受けてくれるので、安心して仕事に集中できた。そして土日は休みだったので、毎週末、友人に会ったり、公園や美術館、蚤の市に行ったりして、ヨーロッパの秋の休日を楽しんだ。海外に滞在中のほうが、日本にいるときよりも、土日がしっかりと休めるのがとても好きだ。街全体がいつもよりもゆったりした空気に包まれて、仕事モードからプライベートの時間に自然にシフトできる。ロンドンに滞在したある土曜日は、朝から雲ひとつなく晴れていて、とても暖かかった。滞在先から歩いていける公園に散歩に行き、ただ公園内を歩くだけで幸福感に包まれた。ロンドンの曇り空を想像していた自分にとっては、秋晴れの光のなか、広い公園を家族と一緒に歩くだけで、十分に嬉しいことだった。

最後に滞在したアパートはパリ左岸の比較的新しい建物の3階の一部屋だった。建物の前の通りには、新鮮なオーガニックの野菜を売っている小さな八百屋さん、肉屋さん、チーズ屋さんなどがいくつもあり、スーパーも至近距離に3つもあるのだけど、そのどこもが賑わっていて、それぞれに需要があるようだった。日本ではどんどん失われていく、個人の小売店と大手のスーパーが共存していることに、懐かしさを感じるのはどうなんだろう、日本っていつのまにそんな風景が少なくなってしまったのか、とがっくりすると同時に、活気のある通りにひととき滞在できることが嬉しくて、毎日食材や日用品を買いに行った。短い滞在中でも、野菜はチーズ屋の横の八百屋の人参が味が濃くておいしい、駅の向こう側のモノプリだともやしが売っている、骨つきの鶏肉は家の目の前の肉屋が安いとか、地味だけど大切な情報をインプットすることも楽しかった。そして滞在も後半になってくると、この通りがあるならもっと長く住んでみたい、とまで思うようになった。いま滞在してる部屋を買えるとは思わないけど、もし賃貸で借りたらいくらだろう、水回りをリノベーションしたら住みやすいだろうな、公園も近所にたくさんあるから、子どもにも環境がいいな、などと夢想する。でも実際に住むとなると、ビザ取得の面倒さや、異国で部屋を借りるのがどれだけ大変か、という状況を乗り越えなくてはいけないわけで、その困難さを想像すると途端に気持ちは萎えてしまうのだった。それでも、自分はどこにでも行けるし、住んでみたいなら他の国に住む可能性もあるし、いつでも動ける気持ちでいられる自由を持つことができるのだ、という喜びと有り難さを、そのひととき、じんわりと味わった。

BACKNUMBER 川内倫子 そんなふう
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第1回:多様な生き方、暮らし方
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第1回:多様な生き方、暮らし方

閃いたのは、新しいクリエイティブのヒント? それとも週末のパーティのアイデア?……ホームオフィスを舞台に、生き生きと働くこの女性。実は『Fasu』のファミリーを想定しながら最新のテクノロジーによって生み出されたデジタルヒューマンです。揺るぎない自分らしいスタイルを持ち、仕事に家事に家族とのクリエイティブな毎日を楽しむ『Fasu』的な暮らしを送る母親像をあらゆる面からキャラクタライズして生まれたこの女性は、私たちが生きる、ほんのちょっと先の未来を想定して生み出されました。 コロナ禍をはじめ、混乱する社会情勢、テクノロジーの急激な進化と未知の世界を歩む私たちですが、このデジタルヒューマンが暮らすちょっと先の未来では、果たして私たちは、どのような家族のかたちを求めて、どのように暮らしているのでしょうか。そんな未来の家族のあり方を、グローバルイノベーションデザインスタジオ「Takram」でデザイン、アート、サイエンスほか多岐の分野に亘ってデザインエンジニアを務める緒方壽人さんに3回にわたってお話を伺います。第1回目である今回は、家族での長野県・御代田への移住と、10年来続けてきたというオルタネティヴな暮らし方にいて訊ねました。 これからの人間とテクノロジーのあり方や共生を探る『コンヴィヴィアル・テクノロジー 人間とテクノロジーが共に生きる社会へ』(BNN刊)。その著者でもある緒方壽人さんは、この本の中で、「ちょうどいいバランス」を探すことの大切さについて触れています。 「暮らし方や家族のあり方は多様で、未来に何かひとつの理想形があるとは思いません。ですから今日お話しできることは、僕自身の家族のことや、これまでの経験から考えていることでしかないのですが……」 そう前置きしながら、控えめに、ゆっくりと話し始めた緒方さん。その穏やかな様子は、移住先である御代田の空気をそのまままとっているかのようでした。   〜〜 中略 〜〜 WHAT’S DIGITAL HUMAN? 揺るぎない自分らしいスタイルを持ち、仕事、家事、そして家族とクリエイティブな毎日を楽しむ女性。本記事トップビジュアルとして登場したこのモデルは、先述のように『Fasu』ファミリーの母親像を、顔立ち、ヘアスタイル、メイクアップ、スタイリング、さらにはライフスタイルに至るまであらゆる角度とディテールからキャラクタライズし、生み出されたデジタルヒューマンです。 最新鋭のテクノロジーを用いて生み出されたこのデジタルヒューマンは、東映デジタルセンター「ツークン研究所」、及び『Fasu』を擁する私たちアマナにより「企業広告や、ファッションカタログ、またメディアにおけるモデル使用における様々な課題解決」を目的として開発されました。 このバーチャルモデルを用いることで得られるメリットは1. 人種、人選、肖像権問題にまつわるリスク回避 2.使用期限や版権の制限フリー 3.リモートによる発注から納品 4.インナーブランドの統一化 5.CGによる表現可能領域の拡大……ほか多数。コミュニケーション及びコスト、クオリティなど、モデル使用のあらゆるフェーズで生じるデメリットをミニマムにし、モデル表現の可能性を大きく広げていきます。 デジタルヒューマンが描き出す、新しいモデルのあり方と可能性、そして未来にご期待ください。 問い合わせ先:

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