そんなふう 24
先週、名古屋に仕事があったので、夜は名古屋市内に住む友人の新居に一泊させてもらった。美容師であり、ヘアサロンを営むひろしくんと初めて出会ったのは10数年前のニューヨークだった。当時友人のボーイフレンドとして紹介され、以降ニューヨークに行くたびに会っていたし、一年くらい滞在したときは家が近所だったこともありよく晩御飯を一緒に食べたりした。当時悩んでいたことなんかを相談しあったりしていたけれど、いまはお互いに家族を持ち、彼にも10ヶ月の息子さんがいる。自分の娘とはまだ一緒に遊ぶという感じではないけど、部屋でそれぞれにおもちゃで遊んだりしている様子を横目に見ながらお酒を飲んでいると、こんな日が来るなんてね、とニューヨークの居酒屋で彼と飲んでいたことが遠い日のような、でもつい最近のような、不思議な時間軸のなかにいるように思いながら一晩楽しく過ごした。
翌朝、伊勢神宮にまだ夫と娘が行ったことがないから、一緒に行きたいんだよね、でも連休だし混んでいるだろうから諦めたわ、と昨夜わたしが発した一言を覚えていてくれた奥さんのあいちゃんが、車で一緒に行きましょうよ!と提案してくれた。ひろしくんは仕事で一緒に行けないが、あいちゃんが連れていってくれると言う。お言葉に甘えて行ってみることにした。薄曇りのなか、車を走らせる。天気予報は午後から雨。降らないことを願いつつ、さほど渋滞もなく到着。思ったよりもすんなりと駐車場にも車を停められて、伊勢うどんで腹ごしらえしてから内宮を御参りすることにした。連休初日ということもあり、いままで自分が来たなかでは見たことのないくらいの参拝客の多さに驚いた。そのせいか鳥居をくぐったときに毎回感じる、なにかがいるような気配、異空間にいるような感覚をそのときは感じることができなかった。曇っていたせいなのかもしれないが、この場所を訪れたときにいつも感じる、目に見えないなにかを察知するセンサーが今回はあまり作動しなかったのだ。あいちゃんに聞いたら、そういえばいつもよりも感じないかも……ということ。でも歩いていると気が引き締まる感じがあり、やはり諦めないで来てよかったなと思いながら歩いた。御正殿の薄い布が風もないのにゆらゆら揺れるさまを見ながら御参りをすませ、帰りみちを歩いていると、夫に抱かれた娘が空を指差してワンワン、と言っている。ずっと指差して、ほかにもなにやらよくわからない言葉をたくさん言っていたが、火除橋を渡った途端になにもなかったように反応しなくなった。あの場所だと大人には見えないものが彼女には見えていたのかもしれない。わたしたちは感じなくてもこの子はまだ向こう側と少し繋がっているのかもな、と思いつつ帰途に就いた。
帰り道に降り出した雨は市内に着く頃には本格的な雨になっていた。新幹線に乗るまえにひろしくんのサロンでコーヒーをご馳走になってから帰ることにした。コーヒーを飲みながら、生まれてから一度も切っていない娘の後ろ髪がかなり長くなったし、初めてカットしてもらうなら、いまがいい機会なんじゃない、と夫とぼそぼそ話していたら、ひろしくんがとりあえず前髪だけでも揃えてみましょうか、と切ってくれた。前髪はいつも夫が切るのだけど、嫌がっていつも動くのでまっすぐに切れていなかったのだ。また嫌がるだろうなと思ったら、意外にもじっと大人しく座っていた。自分がきれいにしてもらっているのをわかっているようだった。前髪を揃えただけで随分とすっきり見えたし、このままもう少し後ろ髪はあってもいいんじゃないかな、というひろしくんのアドバイスに従ってそのままにすることにした。
お伊勢参りのあとにひろしくんが娘の髪を切っている様子を見ていると、自分の過去の辛かった出来事も一緒に切ってもらえたような気がして、なんだかひとつ区切りがついたような、次に進む力をもらえたようだった。