そんなふう 19
残暑の厳しさが最高潮の頃、引っ越しをした。厳密に言うと東京のマンションはそのまま残してあるので2拠点生活になるのだが、仕事場を兼ねて東京近郊に家を建てたのだった。長年引っ越しのたびに暗室をどのように設置するのかが問題で毎回悩ましかったのだが、ついに暗室専用の小部屋も出来た。都心の仕事場の家賃が精神的に負担になっていたから、ローンの支払いがあるとはいえ、軽減できたのもよかったことだ。できれば子供が小さいうちは自然環境豊かな場所で育てたい、というのも理由のひとつにあり、仕事の関係上、東京からあまり離れすぎない場所を探したところ、川のそばの土地を見つけたのだった。なぜか川沿いに住むということに執着していた自分は、長年東京都心部から少し離れた街の川沿いに住んでいたのだが、都市開発で街が様変わりしてしまい、大好きだった川沿いの景色がコンクリートの堤防で覆われてしまったのを機に、数年前に都心に移った。それはそれで気に入ってはいたのだが、やがてまた川を恋しく思い始めていた。それで川沿いをプライオリティにおいて物件を探したところ、気になる場所を夫がネットでみつけた。初めてその場所を訪れたとき、一歩足を踏み入れた瞬間にそれまで曇っていた空から一条の光が射した。同時に川のせせらぎが聞こえてきて、まるで祝福されているかのようだった。それで即決してしまった。いま思うと当時妊娠6ヶ月だったのでちょっと普段と違ったテンションだったのかもしれない。土地を選ぶとか家を建てるとか、人生のなかでは結構大きなイベントをさらっと決めてしまう勢いがあったのだった。その後は引っ越しに至るまでのあいだに紆余曲折いろいろあったのだが、協力してくれた方々のおかげでなんとか家も建ち、引っ越しできた。しかしながらこの数年間で増えた仕事関係の物と、結婚したので夫の荷物と子供がひとり増えた分の荷物などで、いままでの人生で一番大変な引っ越しとなった。そうなると予測していたので、引っ越し業者もあまりケチらずに大手に頼んだのだが、それが大はずれで家具も床もキズだらけ、修理の交渉をするも担当者の対応は機械的で、まるで納得のいくものではなかった。物事が大きく動くときにはさまざまなことが同時に起るけれど、いいことも悪いことも巻き込みながら変化していくことは体力も気力も随分と消耗するのだなと改めて実感。引っ越しにまつわる諸々の手続きや雑用、子供の保育園入園の手配なども一気に片付けないといけなかったのもあったからだろう、ふと気がついたら白髪が増えて後頭部が小さく丸く禿げていた。それでも東京ではなかなか見れないような美しい夕焼けが部屋の窓から見えたり、さまざまな小さな生き物の気配を感じられる生活はそういった諸々の面倒なプロセスを経ないと得られなかったのだ、と川の音を聞きながら気持ちを鎮める日々である。