DATE 2017.10.18

そんなふう 19

残暑の厳しさが最高潮の頃、引っ越しをした。厳密に言うと東京のマンションはそのまま残してあるので2拠点生活になるのだが、仕事場を兼ねて東京近郊に家を建てたのだった。長年引っ越しのたびに暗室をどのように設置するのかが問題で毎回悩ましかったのだが、ついに暗室専用の小部屋も出来た。都心の仕事場の家賃が精神的に負担になっていたから、ローンの支払いがあるとはいえ、軽減できたのもよかったことだ。できれば子供が小さいうちは自然環境豊かな場所で育てたい、というのも理由のひとつにあり、仕事の関係上、東京からあまり離れすぎない場所を探したところ、川のそばの土地を見つけたのだった。なぜか川沿いに住むということに執着していた自分は、長年東京都心部から少し離れた街の川沿いに住んでいたのだが、都市開発で街が様変わりしてしまい、大好きだった川沿いの景色がコンクリートの堤防で覆われてしまったのを機に、数年前に都心に移った。それはそれで気に入ってはいたのだが、やがてまた川を恋しく思い始めていた。それで川沿いをプライオリティにおいて物件を探したところ、気になる場所を夫がネットでみつけた。初めてその場所を訪れたとき、一歩足を踏み入れた瞬間にそれまで曇っていた空から一条の光が射した。同時に川のせせらぎが聞こえてきて、まるで祝福されているかのようだった。それで即決してしまった。いま思うと当時妊娠6ヶ月だったのでちょっと普段と違ったテンションだったのかもしれない。土地を選ぶとか家を建てるとか、人生のなかでは結構大きなイベントをさらっと決めてしまう勢いがあったのだった。その後は引っ越しに至るまでのあいだに紆余曲折いろいろあったのだが、協力してくれた方々のおかげでなんとか家も建ち、引っ越しできた。しかしながらこの数年間で増えた仕事関係の物と、結婚したので夫の荷物と子供がひとり増えた分の荷物などで、いままでの人生で一番大変な引っ越しとなった。そうなると予測していたので、引っ越し業者もあまりケチらずに大手に頼んだのだが、それが大はずれで家具も床もキズだらけ、修理の交渉をするも担当者の対応は機械的で、まるで納得のいくものではなかった。物事が大きく動くときにはさまざまなことが同時に起るけれど、いいことも悪いことも巻き込みながら変化していくことは体力も気力も随分と消耗するのだなと改めて実感。引っ越しにまつわる諸々の手続きや雑用、子供の保育園入園の手配なども一気に片付けないといけなかったのもあったからだろう、ふと気がついたら白髪が増えて後頭部が小さく丸く禿げていた。それでも東京ではなかなか見れないような美しい夕焼けが部屋の窓から見えたり、さまざまな小さな生き物の気配を感じられる生活はそういった諸々の面倒なプロセスを経ないと得られなかったのだ、と川の音を聞きながら気持ちを鎮める日々である。

 

 

BACKNUMBER 川内倫子 そんなふう
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第1回:多様な生き方、暮らし方
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第1回:多様な生き方、暮らし方

閃いたのは、新しいクリエイティブのヒント? それとも週末のパーティのアイデア?……ホームオフィスを舞台に、生き生きと働くこの女性。実は『Fasu』のファミリーを想定しながら最新のテクノロジーによって生み出されたデジタルヒューマンです。揺るぎない自分らしいスタイルを持ち、仕事に家事に家族とのクリエイティブな毎日を楽しむ『Fasu』的な暮らしを送る母親像をあらゆる面からキャラクタライズして生まれたこの女性は、私たちが生きる、ほんのちょっと先の未来を想定して生み出されました。 コロナ禍をはじめ、混乱する社会情勢、テクノロジーの急激な進化と未知の世界を歩む私たちですが、このデジタルヒューマンが暮らすちょっと先の未来では、果たして私たちは、どのような家族のかたちを求めて、どのように暮らしているのでしょうか。そんな未来の家族のあり方を、グローバルイノベーションデザインスタジオ「Takram」でデザイン、アート、サイエンスほか多岐の分野に亘ってデザインエンジニアを務める緒方壽人さんに3回にわたってお話を伺います。第1回目である今回は、家族での長野県・御代田への移住と、10年来続けてきたというオルタネティヴな暮らし方にいて訊ねました。 これからの人間とテクノロジーのあり方や共生を探る『コンヴィヴィアル・テクノロジー 人間とテクノロジーが共に生きる社会へ』(BNN刊)。その著者でもある緒方壽人さんは、この本の中で、「ちょうどいいバランス」を探すことの大切さについて触れています。 「暮らし方や家族のあり方は多様で、未来に何かひとつの理想形があるとは思いません。ですから今日お話しできることは、僕自身の家族のことや、これまでの経験から考えていることでしかないのですが……」 そう前置きしながら、控えめに、ゆっくりと話し始めた緒方さん。その穏やかな様子は、移住先である御代田の空気をそのまままとっているかのようでした。   〜〜 中略 〜〜 WHAT’S DIGITAL HUMAN? 揺るぎない自分らしいスタイルを持ち、仕事、家事、そして家族とクリエイティブな毎日を楽しむ女性。本記事トップビジュアルとして登場したこのモデルは、先述のように『Fasu』ファミリーの母親像を、顔立ち、ヘアスタイル、メイクアップ、スタイリング、さらにはライフスタイルに至るまであらゆる角度とディテールからキャラクタライズし、生み出されたデジタルヒューマンです。 最新鋭のテクノロジーを用いて生み出されたこのデジタルヒューマンは、東映デジタルセンター「ツークン研究所」、及び『Fasu』を擁する私たちアマナにより「企業広告や、ファッションカタログ、またメディアにおけるモデル使用における様々な課題解決」を目的として開発されました。 このバーチャルモデルを用いることで得られるメリットは1. 人種、人選、肖像権問題にまつわるリスク回避 2.使用期限や版権の制限フリー 3.リモートによる発注から納品 4.インナーブランドの統一化 5.CGによる表現可能領域の拡大……ほか多数。コミュニケーション及びコスト、クオリティなど、モデル使用のあらゆるフェーズで生じるデメリットをミニマムにし、モデル表現の可能性を大きく広げていきます。 デジタルヒューマンが描き出す、新しいモデルのあり方と可能性、そして未来にご期待ください。 問い合わせ先:

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