「先生」として、「母親」として、子どもの「個」の向き合う|それぞれ違う家族のかたち Vol.6
怒ることは百害あって一利なし、か
大阪在住で日本郵便で働く夫・幸二朗さんと小学校教員の妻・愛桂さんは、2013年に結婚し、2017年に長女が生まれた。愛桂さんは教員という職業柄、育休はしっかり3年取ることができる。そろそろ復帰しようかなと考えていた頃、2人目を妊娠し、出産。今は追加の育休中だ。愛桂さんは、今年教員生活10年目。10年目研修という試験があり、子育ての傍らそのための勉強を大学で続けている。
「育休中ではありますけど、小学校の教員として実際に子どもを育てながら勉強できていて、人生の出来事がすごくいいタイミングで来ている感じがあります」
日本郵便と教職というイメージだけでいえば堅い感じもあるが、二人はもっと柔らかで楽しげな雰囲気を感じさせてくれる。
「教師って家に帰るとオフになる。公共的な学校という場で集団を見る先生ではなく、家での育児はあくまで個人的に個人を見ること。わがままを聞きたいし、逆にわがままを言いすぎたら怒ります」。
わがままと自由と個性に約束とルールと集団。先生と母親という、学校と家庭での自分の役割の違いをさらっとだけど、的確に表現している。
子どもにとって幸せな環境について聞いてみると、「おさるのジョージ」という答えが返ってきた。全身黄色の“黄色い帽子のおじさん”というジョージの親のような存在がいる。ジョージ最大の理解であり、常にジョージへの信頼を欠かさない。
「私だったら絶対に怒っている場面でも、おじさんは怒らずにジョージすごいね、きみは天才だねって褒めるんです。ジョージはそれを楽しみ、結果的に学習したりもしています。言葉が通じるわけじゃないのに子どもたちに伝わっていて、あれを見ていると怒ることは百害あって一利なしだなと思います」
子どもができて分かることもある、か
幸二朗さんは、子育てを「親が子に育てられている」と言い、愛桂さんは「子どもを通して自分と向き合う“個育て”をしている」と言う。育てているつもりが育てられている感覚は二人に共通している。愛桂さんは教員という立場や状況、経験を通じて、自分の子育てに活かせることも多いと話す。そしてまた子育ての経験が、これからの教員人生にもまた役立っていくとも考えている。
「この子は学校という集団の中に入った時、どんな子になるんだろうと考えています。経験から、学校生活を送る上で先に身に付けておくと便利な力や作法を教えようかと思いました。ですが、一度そう考えてみて、それは何かを経験する前から学校でいかにうまく過ごすかという狭い枠の中にとどめてしまうことな気がして、それがこの子の個性を奪ってしまわないかと思ったんです。子どもを産んで分かった感覚で、複雑な気持ちです。でも、かつて教えていた子の親御さんたちが感じていたかもしれない気持ちに気づけただけでも、復帰する時、違う目で児童たちを見られるかもしれないと楽しみでもあります。以前、『先生は子どもがいないから分からないでしょ』と言われたことがあって、なぜそんなことを言うのか不思議な気持ちだったんですけど、その気持ちは分かるようになりました」
空気を読める子は優秀、か
「教員をやっていると親御さんはみなさん悩んでいますよね。何もかもうまくいってます! という人は一人二人いればいい方なんじゃないかな」。
個性尊重が謳われ、ひとりひとりの可能性を大事にしながらも集団生活の必要性とスキル、倫理も教えてなくてはいけない学校。学校と家で見せる顔の違いを理解しつつ、他人の子を時に客観的に、時に主観的に、論理と感情を持って相手すること。画一的な教育では育たないけれど、個別に対応しすぎることで起きる不平等感もあるかもしれない。そんな難しい状況を知っているからこそ辻家ではきっとジョージと黄色い帽子のおじさんの関係に憧れもあるのだろう。
「個性を伸ばすのであれば、自分の頭で自由奔放に振る舞えるよう育てていくのが理想だと思うんです。教員の世界で生きていると、こっちが1言ったことで10分かるような、空気を読んで全体の調和を重んじることも含めて能力が高い、賢いとされることがあります。集団の中で上手に生きていけるよう小さい頃から教えるのか、それとも知らずに入って壁にぶつかった方がその子のためになるのか。突き抜けるなら、空気を読むよりも自分のやりたいことをやるべしとしたいわけで、揺れていますね」
住んでいる大阪の地域では、子どもの見守り隊が子どものいる家庭のことをよく把握していて、大変だったら見てあげるよというおばあちゃんもいるという。辻家憧れの自由なジョージと自由を認めて喜ぶ黄色い帽子のおじさんに、ツッコミ気質の大阪の人が絡まっていけば、楽しい常識の外し方ができそうで、おもしろい子どもに育っていく気がした。