DATE 2020.06.18

『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』Black Lives Matter運動へと繋がる90年代の伝説

ティーン世代にこそ観て欲しいNetflixコンテンツを映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんがレコメンドする新連載。カルチャー、知識、発想の源になりうる、とっておきの作品とは?
マイケル・ジョーダンと父親のジェームズ・ジョーダン。
マイケル・ジョーダンと父親のジェームズ・ジョーダン。© Netflix

エア・ジョーダン1を大事に履いてる『スパイダーマン:スパイダーバース』の主人公、マイルス・モラレスの設定は(並行世界の)2016年の時点で高校生。フランスのサッカークラブ、パリ・サンジェルマンFCのジョーダン・モデルのアパレルは日本の小中学生の間でも大人気だ(自分の息子も着てる)。NBAやオリンピック「ドリームチーム」での彼の活躍をリアルタイムで見ることは叶わなかった今のティーンも、マイケル・ジョーダンの名前を知らない人はほとんどいないだろう。しかし、彼がどれほどプレイヤーとして偉大な存在だったか、そしてジョーダン「以前」とジョーダン「以後」で世の中がどのように変わったかについては、あまりよく知らない人も多いのではないだろうか。

 

2020年の4月から5月にかけてNetflixが計10エピソードを配信した『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』は、往年のファンにとって涙なしでは見られない宝物のような作品であるだけでなく、若い世代にとっても最高のマイケル・ジョーダン入門となる優れたドキュメンタリー作品だ。

シカゴ・ブルズは90年代、6回優勝という栄冠を手にする。
シカゴ・ブルズは90年代、6回優勝という栄冠を手にする。© Netflix

タイトルの『ラストダンス』とは、ジョーダンがプレイヤーとしての全盛期を送ったシカゴ・ブルズでの最後の1年、1997〜1998年シーズンのこと。GM(ジェネラル・マネージャー)と監督の確執、常勝チームとなった代償としてのプレイヤーたちの疲弊、高騰するプレイヤーとの契約料といった様々な理由から、現チーム「解散」への道筋が敷かれた中で新しいシーズンを迎えることとなったブルズの1年を追いながら、エピソードごとにジョーダン及びそのチームメイトの過去の功績を振り返っていく。

 

その一部を駆け足で少し説明すると、エピソード2ではジョーダンとのコンビでブルズの黄金時代を築いたスコッティ・ピッペンの複雑な想いが、エピソード3ではNBAきっての問題児デニス・ロッドマンの素顔が、エピソード4ではジョーダンが信頼を寄せ続けたフィル・ジャクソン監督の哲学が、エピソード5ではナイキとのエア・ジョーダン誕生秘話が、エピソード6ではジョーダンを襲ったギャンブル・スキャンダルが、エピソード7では不幸な事件に巻き込まれたジョーダンの父親の死とそれを受けたジョーダンの野球選手への転向が、エピソード8では1年半ぶりのジョーダンのブルズ復帰が、それぞれフィーチャーされている。つまり、本作を見れば、1984年から1998年までのジョーダンが在籍していた時代のブルズと、当時のチームメイト、関係者、ライバルチームのことをほぼすべて把握できる親切な作りになっているのだ。全部で約10時間あるが、その密度の濃さを考えればあっという間。特に当時の出来事を知らない世代ならば、次の展開が知りたくて見るのを止められなくなるだろう。

ジョーダンを導いたフィル・ジャクソン監督。
ジョーダンを導いたフィル・ジャクソン監督。© Netflix

作中では、現在のジョーダンはもちろんのこと、様々な有名人がインタビューに答えているが、中でも印象に残るのはバラク・オバマ前大統領の次の言葉だ。「偉大なプレイヤーが必ずしも皆、スポーツの世界を超えて社会的なインパクトを持つとは限らない。でも、中にはカルチャー全体に影響を及ぼして時代を牽引していくプレイヤーがいる。マイケル・ジョーダンはアフリカ系アメリカ人のアスリートのイメージを変えて、スポーツをエンターテインメント産業へと変えたんだ」。ジョーダン以前にも黒人のスター選手はいたが、ジョーダンのようにその勤勉さと成功の継続性において世界中の若者たちにとってのロールモデルとなった選手はいなかった。そして、もしジョーダンがいなければ、ナイキの成功も、バスケットボールの世界的人気と競技人口の多さも、スポーツ中継の放映権の高騰も、現在ほどのものではなかったに違いない。

 

一方で、ジョーダンほど完全無欠に見えたプレイヤーであっても、「成功しすぎた黒人はメディアの力によって引きずり下ろされる」というマイケル・ジャクソンを筆頭に過去のアメリカ社会において必ず起こってきたことが繰り返されたことや、前述した「若者のロールモデル」という役割を担ってしまったことに本人が後悔していることには、深く考えさせられる。また、ジョーダンについて本を執筆した黒人ジャーナリスト、ロイ・ジョンソンの「ジョーダンが支持されていたのは、誰も怒らせなかったからだ」という言葉は、90年代までのアメリカの黒人スターの成功モデルを鋭く指摘するものだ。『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』は、耳当たりのいい言葉ばかりを並べて、偉大なアスリートの功績を讃えるだけの作品ではないのだ。

チームメイトのホーレス・グラント。
チームメイトのホーレス・グラント。© Netflix

白人警官によるジョージ・フロイド氏殺害を受けて、アメリカ国内だけでなく、世界中でかつてない広がりを見せているBlack Lives Matter運動。1990年、地元ノースカロライナ州の上院議員選挙で黒人民主党員の応援を依頼(対立候補は人種主義者として知られ、アフリカ系アメリカ人文化博物館の設立を阻止し、人種別に学校を運営すること主張していた白人の共和党員だった)された際、ジョーダンはそれを断り、「共和党員もスニーカーを買う」とチームメイトにこぼしたことがあった(作中でジョーダンは「知らない人間は応援できない。代わりに寄付金を送った」と反論している)。30年後、ジョーダンはBlack Lives Matter運動を支援するために1億ドルの寄付をして、声明の中でアメリカ国民に投票を呼びかけている。『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』を通して90年代アメリカのスポーツ界や黒人社会についての見識を深めれば、世界が今まさに変わろうとしているこの「2020年」の歴史的なムーブメントも、より身近なものとして感じられるはずだ。

 

Netflixオリジナルシリーズ『マイケル・ジョーダン: ラストダンス』独占配信中。

 

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