DATE 2018.09.01

06 新しい役割分担

グラフィックデザイナーの長嶋りかこさんが、妊娠して日々変化する体から、今まで見えなかったことに日々出会い、新陳代謝していく景色を綴るエッセイ。

長嶋さんて結婚してたんですねってよく言われるのだけど、結婚して今年で12年目なのによくそう言われるのは、苗字のせいもあるのかもしれない。結婚すると選択肢なく自分の苗字が変わるのが当たり前な制度に昔から疑問だった私は、パートナーの国籍が韓国籍であることで夫婦別姓の選択肢が得られ、私たちは話し合った結果すんなり別姓にした。(ちなみに同一姓にしようとすると、私は韓国籍になり苗字は彼の日本での通称名ではなく韓国名の「李」になり、わたしは通称名は名乗れないらしく、そのルールも疑問、、)

彼も彼の家族もとても柔軟な人々で、変化していくことにあまり迷いがなく、且ついつも前向きなのがすごいと思うのだけど、それは今もずっと変わらない。彼はどんな時も彼なりの方法でわたしを支え続けてくれたけれど、この妊娠・出産に関しては、「産むことだけで大仕事だから、あとは基本俺がやる」というスタンスで、フェアネスを超えてもはやアンフェアなんじゃないかと思うくらい、彼は私の妊婦生活をサポートしてくれている。料理は二人とも作るのは好きな方だったけど、わたしがつわりをもよおして以降、料理は基本的に彼がしていて、つわりがおさまった今もなお彼が担当してくれており、そうこうしてる間に料理の腕もぐんぐん上がり、こりゃお店出せるよレベルの品が何品か出現し、もはや「このまま離乳食も弁当もいけそう」と言っている。

彼は掃除はあまり得意じゃないので率先してやるのは私だったのだけど、私が掃除機の大したことのない重さで腰を痛めて以来(というのも妊娠してから節々がガタガタして節々をポキポキ痛めがち)、掃除もほとんど彼がやるようになった。現在は妊娠9ヶ月なのだけど、調べるにリラキシンというホルモンが骨盤だけでなく関節全てを緩めるらしく、常に骨がパキパキ鳴りその度に痛みを伴い、ついでにこれも妊娠後期にあらわれることがあるらしいのだけどリウマチみたいな痛みも登場してここ最近の私に鎮座しており、もう動きはもはやお婆さんのよう。結果、今私は家事のほとんどをやっていない。新しい役割分担は、かつての父母像には当てはまらない。

彼はどうしたってお腹の胎動を感じ重さに耐える当事者ではない。私だってかつてはお腹の中に自分以外の命があるなんて、そんなエイリアンみたいな感覚は想像もできなかったけど、お腹が右にグイっと左にグイグイっと目に見えてわかるほど動くことは普通になり、グイグイ押す力も日に日に強くなり、今はもうけっこう痛くて寝つけずにいてすっかり睡眠不足気味であることも、辛いが普通となってしまった。いつかくる深夜の授乳のために眠りの浅い日々に慣れておけよ的なことらしいと何かで読んだけど、そういうの私ばっかりでパートナーにも何かないのかいな、と彼に言ったら「それができないから俺なりにやれることやってるんだよ」と言っていた。

ある日、とある知り合いの男性が。「出産怖くないですか?俺は自分がもし産むと想像したら怖くて無理です、パニックです」と言っていた。別のある日、夫は「産めるもんなら俺が産んでみたいわ」と言っていた。どちらも男性が思う正直な気持ち。そりゃ私だって血液が500ml~1リットルも流出することがわかってるさぞかし痛いであろうその日を思うと心底ビビるし、パートナーが産んでくれるならぜひ!と願いしたい。だけどいまのところこのお腹の中で毎日少しずつ成長しているこの命を、お医者さんとともに私が外に出す以外に産む方法はない。人工子宮の研究も進んでいるそうだけど、それを選択するかどうかは別としてもしも予め男性に子を産める身体的機能が携わっていたら、彼らの精神性は、社会は、歴史は、どう変わっていくのだろうかと妄想する。そしてその時実際に男性は相手の女性ではなく自分が産むことを選ぶだろうか。自分の仕事の仕方を変えるだろうか。彼らの中の最も大事な価値あることの順番は変わるのだろうか。新しい夫婦像はどんなだろうか。

先日新しくスタッフを採用したのだけど、その子は3人の子持ちの母だ。うちに来たいと言ってくれた彼女にとって、ここが居心地のいい事務所に出来ないと、わたし自身にとっても子育てしながら仕事を続けることは難しいのではないかと考え、彼女の子供たちも、必要あらば事務所に連れてきてもらうことにした。小さな事務所だからできることを実践できたらいいと思う。「時間にリミットがある人は効率よくやるし責任感がある人が多い」と、ある日いっしょにご飯を食べながら二児の母の建築家の永山祐子さんが助言をくれた。自分の事務所を持ち経営者として働く永山さんは、わたしが妊娠してすぐくらいに、全然大丈夫だよ子育てと両立できるよと言ってくれた。彼女は子供を産んでから働く時間は短くなったのに仕事をこなす数が倍になったらしく、時間のない母親の仕事のさばき力を知っているだけに、今は積極的に子育て中の建築家志望の人材の採用をしているという。ねえさんすごいす。たしかにそうなのだ、美術大学には女性の学生ばかりなのにいざ社会に出るとデザインを長らく続ける女性がまだまだ少ない理由は、社会の仕組みにもあると思う。やっぱり未だ男社会だと感じるし、私自身もかつては“男のように”働くことしか頭になかった。だからこの妊娠による体の変化は、沢山のままならないことが増えたことで自分の体が男じゃないことを痛感させたし、もっといえば誰かのようになる必要はなく、自分のやりかたで、自分のものさしで、自分のカラダの声にまっすぐになることを、日々このお腹のなかから教えられているように思う。仕事も夫婦のありかたも、ひかれたコースではなくむしろコースアウトして自ら新しくコースを作り別のスポーツを産み出しプレイすることのほうが、創作的だし自分は居心地がいい。

 

BACKNUMBER 長嶋りかこ – こんにちはとさようならのあいだ。
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第1回:多様な生き方、暮らし方
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