DATE 2018.08.10

04 マスとニッチの導線

グラフィックデザイナーの長嶋りかこさんが、妊娠して日々変化する体から、今まで見えなかったことに日々出会い、新陳代謝していく景色を綴るエッセイ。

6ヶ月目の私は平均よりだいぶお腹が大きいようで、2ヶ月前倒しくらいの勢いのサイズ感だった。やっぱり重いせいか腰を痛めがちなこと、下腹部の靭帯に痛みがあったり恥骨が痛かったりして、どうしてもゆっくり歩かざるおえない。これまでのようにサクサクと足早に移動することが出来ないので、誰かとともに歩くときは遅れをとり「ごめんもうちょっとゆっくり歩いて~」と、お願いすることも度々。自分がこんなにゆっくり歩くことになるとは思わなかった。

 

先日こどもを生んだ友人の家に、一歳の子をもつ友人と、3歳の子をもつ友人と、私の4人で集まった。みな大学時代の女友達で、まさか子連れでこうして会う日が来るとは想像もし得ず、感慨深いなと声を揃える。なじみの顔にプラス子が増え、ちらっと垣間見える親の顔以外は何も変わらない時間に癒されたその帰り道。何駅かをともに乗り換えるなかでベビーカーをおす友人がすぐにすることは「エレベーターどこだ?」であった。これまで自分がそこまで使う必要がなかっただけに正直気にも留めてこなかったが、「全然ないんだよねえ」と彼女。たしかに、電車を降りたらまず探し、あってもちょうど遠くの方にひとつだったりして、特に大きな駅の場合は、出たい出口に行けるエレベーターがぴったりあることなどは殆どなく、まずは地上に出るためのエレベーターにとりあえず乗って、そこからまた本来出たかった出口に地上から歩いて向かうので、結果とても遠回りになっるのだった。「今までエレベーターなんてどうでもいいと思ってたけど、そんなこと思ってたことをごめんって思うよ。だってお年寄りとか車椅子の人とか、こうやっていつも探しては遠回りしてるわけでしょ。もっと増やして欲しいよ。」と友人。たしかにサクサク歩けない人々には動線の選択肢が少ない。別のとある日にも、また別の女友達(同じくベビーカーで子連れ)が、ガタついた道路を歩きながら思い出したように導線について「特にデカイ駅はマジで終わってる」と同じようなことを言っていた。

 

昔から比べたらもちろん便利になっていることは多々あるだろうけれど、とはいえその選択肢の少なさには、“一応配置しておいた” という多少の厄介さを伴った消極的な姿勢を感じる。新幹線のトイレ内に配置してある点字もそれに近いように感じるのだけど、実際どうなのだろう、あれを触って読むに至るまでにそもそも点字がどこにあるのかは分からないのではないだろうか。一応配慮しています、という姿勢だけがそれを必要としていない人々に伝わり、本当に必要としている人々に機能しているかどうかの疑問だけが、毎度見るたびに残る。

先日そのことを全盲の友人に聞いてみたところ、やはり点字の有無に気付けなければそもそも意味がなく(意味がないからいらないということではなく点字は必要で、例えばボタンに表示してある点字はボタンの役割を認識できるから点字は無いと困る)、しかも点字の識字率も低いことも考慮すると、音声ガイドと点字の併設が助かるらしい。例えばトイレの入り口に音声ガイドがない場合はトイレがどこかを知るために有人改札をまず探し駅員さんに場所を訪ね、誘導してもらわねばならないらしく、もしもその駅員さんが忙しかったりすると待たされるため、そうなるとトイレに行き着くまでにエマージェンシー状態になるのだそう。だから入り口で「右が男性、左が女性」などとアナウンスしている音声ガイドはとても機能しているらしい。トイレに限らず点字と音声ガイドの併設って、公共空間でまだまだ見かけないから、彼らの動線は本当に大変なんだろうな。

 

エレベーター、点字、音声ガイド、スロープ、車椅子用トイレなど、公共空間という最大公約数的な空間には、こういった需要はマスの多数の声ではなく、まだまだこぼれ落ちる小さな声なのだろうか。技術やデザインは、新奇性や、最大公約数の満足度に注力しがちだけれども、最小公約数の選択肢を増やすことにも、もっと積極的に使われてほしいと思う。当事者の声が少なく小さいならば、当事者でない人達がそのことについて考えなければ、社会化されていかない。さまざまな少数派の声は、当事者でない人々がどれだけ想像力を発揮して多様性を可能にするか知恵を絞る必要があり、「生産性がない」の一言で切り捨てる例の議員のような態度をとってはならない。

 

そしてその仕事はけして他人事ではなく、私自身の仕事がいくらささやかなものであっても、同じく言えることだと思う。

 

BACKNUMBER 長嶋りかこ – こんにちはとさようならのあいだ。
バックナンバー

LATEST POST 最新記事

第1回:多様な生き方、暮らし方
ARTICLES
第1回:多様な生き方、暮らし方

閃いたのは、新しいクリエイティブのヒント? それとも週末のパーティのアイデア?……ホームオフィスを舞台に、生き生きと働くこの女性。実は『Fasu』のファミリーを想定しながら最新のテクノロジーによって生み出されたデジタルヒューマンです。揺るぎない自分らしいスタイルを持ち、仕事に家事に家族とのクリエイティブな毎日を楽しむ『Fasu』的な暮らしを送る母親像をあらゆる面からキャラクタライズして生まれたこの女性は、私たちが生きる、ほんのちょっと先の未来を想定して生み出されました。 コロナ禍をはじめ、混乱する社会情勢、テクノロジーの急激な進化と未知の世界を歩む私たちですが、このデジタルヒューマンが暮らすちょっと先の未来では、果たして私たちは、どのような家族のかたちを求めて、どのように暮らしているのでしょうか。そんな未来の家族のあり方を、グローバルイノベーションデザインスタジオ「Takram」でデザイン、アート、サイエンスほか多岐の分野に亘ってデザインエンジニアを務める緒方壽人さんに3回にわたってお話を伺います。第1回目である今回は、家族での長野県・御代田への移住と、10年来続けてきたというオルタネティヴな暮らし方にいて訊ねました。 これからの人間とテクノロジーのあり方や共生を探る『コンヴィヴィアル・テクノロジー 人間とテクノロジーが共に生きる社会へ』(BNN刊)。その著者でもある緒方壽人さんは、この本の中で、「ちょうどいいバランス」を探すことの大切さについて触れています。 「暮らし方や家族のあり方は多様で、未来に何かひとつの理想形があるとは思いません。ですから今日お話しできることは、僕自身の家族のことや、これまでの経験から考えていることでしかないのですが……」 そう前置きしながら、控えめに、ゆっくりと話し始めた緒方さん。その穏やかな様子は、移住先である御代田の空気をそのまままとっているかのようでした。   〜〜 中略 〜〜 WHAT’S DIGITAL HUMAN? 揺るぎない自分らしいスタイルを持ち、仕事、家事、そして家族とクリエイティブな毎日を楽しむ女性。本記事トップビジュアルとして登場したこのモデルは、先述のように『Fasu』ファミリーの母親像を、顔立ち、ヘアスタイル、メイクアップ、スタイリング、さらにはライフスタイルに至るまであらゆる角度とディテールからキャラクタライズし、生み出されたデジタルヒューマンです。 最新鋭のテクノロジーを用いて生み出されたこのデジタルヒューマンは、東映デジタルセンター「ツークン研究所」、及び『Fasu』を擁する私たちアマナにより「企業広告や、ファッションカタログ、またメディアにおけるモデル使用における様々な課題解決」を目的として開発されました。 このバーチャルモデルを用いることで得られるメリットは1. 人種、人選、肖像権問題にまつわるリスク回避 2.使用期限や版権の制限フリー 3.リモートによる発注から納品 4.インナーブランドの統一化 5.CGによる表現可能領域の拡大……ほか多数。コミュニケーション及びコスト、クオリティなど、モデル使用のあらゆるフェーズで生じるデメリットをミニマムにし、モデル表現の可能性を大きく広げていきます。 デジタルヒューマンが描き出す、新しいモデルのあり方と可能性、そして未来にご期待ください。 問い合わせ先:

2022.11.17
エルゴベビーの抱っこひも「ADAPT」がリニューアル発売。アップデートした機能を解説
動物園、博物館、美術館…。9つの施設でシームレスにクリエイティブな体験ができる「Museum Start あいうえの」とは
圧倒的な高級感で魅了。黒川鞄工房の「シボ牛革」ランドセルシリーズに新色が登場【2023年ラン活NEWS】