夏休みは親子で〈21_21 DESIGN SIGHT〉の虫展に行こう!養老孟司×佐藤卓のトークショーをレポート。
私たちの身近にいながら、実はまだ分からないことだらけの「虫」。虫の色、質感、構造、また習性には、私たちの想像をはるかに超える未知の世界が広がっています。「虫展 −デザインのお手本−」は、訪れる一人ひとりが虫の多様性や人間との関係性を通して、デザインの新たな一面を虫から学ぶ展覧会です。ディレクションを担当するのは、長年に渡り「デザインの解剖」シリーズなどを通してデザインの役割を発信し続ける、グラフィックデザイナーの佐藤卓さん。企画監修に解剖学者・養老孟司さんを迎えた本展のオープニングトーク「虫はデザインのお手本」では、二人の虫に関するトークが繰り広げられました。
虫取りに夢中になる少年時代
まず、この虫展の決起集会は、箱根にある養老さんの秘密の別荘から始まりました。様々な虫の中でもゾウムシがお気に入りで、約10万点の昆虫標本を所持する養老さん。虫に興味を持ったきっかけは、一体何だったのでしょうか?
養老:最初は子供の頃。子供がみんな持っている好奇心から、虫を好きになりました。犬や猫は子供にとっては体が大きいし、突然鳴いたりするので怖いもの。でも虫は小さいから、子供にとっては親近感がわくのかもしれませんね。一度虫をみる面白さに気がつくと、やがてやめられなくなります。
鎌倉の海の近くに住んでいたので、他にも海岸で蟹を観察したり、魚を取ったり、セミ取りをしたり、自然に囲まれた環境で育ちました。
佐藤:私も小さい時から昆虫採集にいそしんでいて、いつか虫の展覧会をやりたいと考えていました。今回企画をして、虫を研究している方のお話を聞けば聞くほど、もっと虫が好きになってしまいました。
養老:よく女の子で虫が嫌いな子がいるけど、好きと嫌いは常に一対になっているもの。ただ知らないだけで、本当に嫌いな訳ではないと思うんだよね。でも、僕は虫好きだけど、無駄に足が長い蜘蛛とゲジゲジだけは大嫌い。
虫好きだからといって、すべての虫が好きとは限らない。だから、虫が苦手な人も、虫=排除すべき存在と思わずに、まずはその世界に触れて見て欲しい。特に細部を顕微鏡で見たりすると、びっくりすると思いますよ。
お世話になった虫達を供養
夏場につける蚊取り線香に、シロアリなどの害虫駆除。虫は我々人類の大先輩にも関わらず、都会では駆除する対象になっています。私たちは生活の中で、意識的にも無意識的にも沢山の虫を殺していますが、加害者意識はありません。たとえば、車1台が廃車になるまでに殺す虫の数は、一説に1000万匹とも言われています。人が人生のうちに殺すことになる虫の数は、何万匹にものぼるそうです。
鎌倉で育った養老さんは、そんな虫たちを供養すべく、鎌倉の建長寺に虫を供養する〈虫塚〉を発案しました。デザインを手がけたのは、今回の展示にも参加している隈研吾さん。虫塚の入口には養老さんの別荘から運ばれた虫のオブジェが置かれ、その周りを虫籠のような金網が覆っています。この虫塚は、養老さんが標本にしてきた昆虫を供養し、訪れる人にも生命の大切さを意識してもらう慰霊碑です。毎年6月4日の「虫の日」には法要が営まれています。
養老:現代人は徹底的に虫を殺しているのに、それに気がついていない人が多いですね。特に日本は、野菜や果物に少しでも虫喰いの後があると売り物にならないなど、一匹でも虫がいると許せないという風情です。潔癖なんですね。その結果、対面積当たりの農薬使用量が世界1位。そんな国で子供がいなくなるのは当たり前だと、私は思います。子供と虫が育つ場所って似ているから。
佐藤:確かに、都会の人ほど思うようにならない事を避けたり、排除しようとする傾向はありますね。仕事をしていたら、仕方のない事かもしれませんが。
養老:そう、都会の人は頭がいいし利口だから、危ないことはしない。都会にいるとだんだん脳化していって、意識で全てをコントロールしようとするようになります。でも、子供を産むということは、そのコントロールできない「事」の典型でもある。都会は、若い人を集めて増えなくするところで、子育てをする場所としては不向きに思えます。最近は若い人の中にも田舎に住んだり、子育ての間は田舎にも拠点を持ったりする人が増えてきましたけど、それは自然の摂理ですね。私たちの感受性は、生きものの三十億年の歴史の中で育ってきたものです。自然を見て育ってきたのだから、当然その自然と調和しているはずです。
虫の世界にもある役割分担
養老:虫は人間よりずっと前から生きていますが、人間の社会の中にも虫の社会にも同じような部分があります。蜂や蟻は社会性昆虫と呼ばれていて、人間の職業のように、役割分担が決まっているんです。同じ働き蜂でも、若いうちはこの仕事をして、年寄りになったらこの仕事をしてというように変化するものもいます。
よく、働きアリの法則って言いますよね。会社などの組織でも2割の人はそんなに働いてなくて、でもその2割をやめさせても、元々ちゃんと働いていた8割の人の中からサボる人が出てくる。これは虫の社会でも、人間の社会でも起こる現象です。
自然界の進化はデザインのお手本!
養老:僕の好きなゾウムシは、体長数ミリ程度の虫で、漢字で書くと「象虫」。進化の過程で象の鼻のように口が長くなったことから、そう呼ばれています。
日本だけで1600種類、いや2000種はいるかな?昆虫の中で一番種類が多く、国内はもとより、世界中にさまざまな種類がいます。まだ、私たち人間が出会っていない種類も沢山いるでしょうね。それぞれの環境に適応するために、進化の過程で口が長くなったと言われていますが、中には口が長くないゾウムシもいる。虫の世界は同じ名前の昆虫でも様々な種類や形のがいて、本当に面白いんです。僕は特にヒゲボソゾウムシ、クチブトゾウムシがお気に入りで、集めた昆虫はスキャナーで撮りデジタル図鑑にしています。物凄く沢山種類がいるので、一旦その世界に入ると大変です。
佐藤:その時々の環境に応じた虫の形の進化は、まるでデザインのバージョンアップのようですね。下の人間が作った機械的なギアにそっくりな物体は、ウンカという昆虫の写真です。最近までこのような形をしているとは知られていなかったのですが、皮肉なことに人間がものすごく神経系を使って考えたものと、自然界でできた虫の形がそっくりだったんです。自然の中での進化と、人間の世界でのデザインが同じというのは、とても興味深い。このアールの角度なんて、素晴らしい!
身体を進化させて道具化してきた虫と、道具を進化させて身体の代わりとしてきた人間。今回の展示作品の中には、両者の知恵と工夫を紐解き、発想した作品もありました。
プロダクトデザイナーの鈴木啓太さんが、出展作品「道具の標本箱」にてデザインしたのは、テントウムシの脚の構造に着想を得たスニーカー。上へ上へとガラスの上もスイスイ登る習性があるテントウムシの脚には、ブラシのような毛と、吸盤のようなものが付いています。もし本当にこんな靴が発売されたら、ひょいひょい壁の上を登れて楽しそう!
会場には、養老さんの言葉を記した「養老語録」のほか、虫をもっと知るための豆知識「虫マメチ」が点在。こちらも探しながら歩いてみるのもおすすめです。
古来から虫は、日本社会の中で「虫の息」とその存在を軽んじられる一方で、「虫の知らせ」「虫の居所」という言葉の通り、無視できない存在でもあります。「虫は苦手」という人も、知れば知るほど不思議な虫の世界を通して、この機会にぜひ奥深い虫の世界へ飛び込んでみてはいかがでしょうか。