DATE 2020.09.29

福音館書店『母の友』編集長が語る、今の時代に子どもたちに必要な「お話」とは何か【前編】

多くのことに変化が求められた2020年。子どもたちも新しい生活様式を受け入れざるを得ない現実の中で、今必要な「読み物」とは何かを考えます。歴史ある児童書出版社である「福音館書店」で出版している育児雑誌『母の友』編集長の伊藤 康さんに話を伺いました。
『母の友』編集長の伊藤康さん。佐々木マキさんの絵本『へろへろおじさん』なども担当した。

忙しい毎日を送る子育て真っ最中の親たちに「子育てのヒント」と「物語のたのしさ」を届けてくれる月刊育児雑誌『母の友』。最新号となる2020年10月号では「今だから、昔話」という特集が組まれています。コロナ禍の今、未来が見えない、不安を感じる時代だからこそ、子どもたちには「声で聞くお話の力」=「昔話」が必要なのではないか、と、昔話研究者の小澤俊夫さんのお話を通して教えてくれています。

 

「そもそもこの特集を考えたのは、昨年のことです。当時から価値観の変化、ジェンダーの問題や働き方など、世の中は新しい基準やあり方を模索しはじめていた。その中で、『くまのプーさん』などの翻訳で知られる児童文学者の石井桃子さんが『昔話を研究することで、私たちは昔話から昇華した“一寸先の物語”をつかめるような気がするのです』とおっしゃっていたことを思い出したんです。一寸先、つまり未来のことを、昔話から知ることができるのかもしれない。そんなことを考えている中、新型コロナウィルスの影響で4月に緊急事態宣言が発令され、小学校の低学年である息子も学校が休みになった。それで、家でごろんと横になってテレビばかりみている。これは、大丈夫なのだろうか、と心配していたのですが、ふと、小澤俊夫さんに以前伺った、『三年寝太郎』の話を思い出したんです。『寝太郎はね、ずっと寝ていたわけじゃないのさ』と。『寝られるときにたっぷり寝たから、いい知恵が生まれた。そこが大事なんだよ。子ども時代の暇な時間っていうのは、ものすごく貴重なことなんだ』という言葉が、まさに今の息子の現状とぴったり重なって。なるほど、昔話の力は今のこんな時代にこそ必要なのかもしれないと、お話を改めて伺いたいと思ったんです」

『母の友』10月号と小澤俊夫さんの『昔話の語法』(ともに福音館書店)。
小澤俊夫さんの息子さんは、ミュージシャンの小沢健二さんだ。

小澤さんのお話から、伊藤さんにもっとも響いたことは、今の子どもたちの心が折れないために、今だからこそ「生で話すこと」が大事だという考え。

 

「自由に遊べず我慢を強いられる今の子どもたちをみて、小澤さんはご自身が戦時中、学校に行けなかったことを思い出したそうです。当時、10代だった小澤さんは工場へ働きにいくことになった。それが子ども心にとてもつらくて、さびしかったそうです。ただ、そんな中でクラスの担任の先生が定期的に工場を訪ね、小澤さんに会いにきてくれたんだそうです。そこでいろんな話をした。それがうれしくて、今でも覚えているのだと。つらい時に自分の言葉にだれかが応えてくれること、その経験が小澤さん自身の礎になっているともおしゃっていました。だから、何も特別な話じゃなくていい、子どもと何か話をする、それだけで、子どもたちの心は折れないんじゃないのかな、と教えてくださって。で、それは、まさに小さな子どもたちと親との関わり方の基本ではないかと思ったんです。生後すぐの赤ちゃんは、絵本を読んでお話できるわけではないですが、それでも9ヶ月、10ヶ月くらいから色や形を認識できるようになる。こちらが出した音に反応したり、ページをめくると目で追ったりする。それって、『お話をすること』の原初的なことなのではないでしょうか。そこからはじめていって、親子で『お話』が続く、絵本を手にとってほしいと思うんです」

また、そこには、「お話」は楽しいものという基本を忘れないでほしい、と伊藤さんは言います。

 

「子どもは日々の生活の中で、成長していきます。あ、これができるようになった、あんなこともわかるようになった。それならこの絵本もわかるかな? と、わくわくしながら一緒に読んでみる。物語から脱線したり、全然別のお話になってもいい、小澤さんも『何かちゃんと型のある物語じゃなくてもいいんだ。なんでもいい。自分自身の話だっていいのさ』とおしゃっています。教育にいいらしい、知識が増やせるからと、一方的に与えるのではなく、これなら、もっと子どもとの『お話』が楽しく膨らむと思うものを選んでほしいです。たぶん、それで子どもたちは気に入ったら気に入ったで『もう一回!』と言って何度も読んでほしがると思いますが、まあ、それも可能な限りで応えてあげていただけたら(笑)。我が家の例をみるまでもなく、数年たてば、『じじい!』とか冷たく言われることもあるわけですから、貴重な思い出の時間と思って、『お話の力』を信じて、いろいろな『お話』から『お話』へと会話を膨らませていってみてほしいですね」

 

「福音館書店」のベストセラーから注目のクリエイターの作品まで、親子で「お話」の世界が広がる、今こそ読んでほしい絵本を伊藤さんに選んでいただきました。

『ぐりとぐら』

作/中川李枝子 絵/大村百合子(福音館書店) 本体900円+税

 

20年、30年と長く読み継がれている絵本にはやはり、強さがあると思います。ビートルズやマイルス・デイヴィスの音楽のように時代で色褪せない定番を選ぶのもいい。子ども時代を振り返ると、この絵本からカステラの味がしたという人も多い。僕自身は大学生になってやっとこの絵本を手にしたので、味までは感じなかったので、羨ましい(笑)。味覚まで刺激する、子どもたちの想像力がうらやましいと思う1冊です。

『きんぎょがにげた』

作/五味太郎(福音館書店)本体900円+税

 

こちらも福音館書店の大定番といえる1冊です。にげた金魚を探す、探し絵本です。とてもシンプルですが、何歳になっても楽しめるので長い間、手元においておける1冊だと思います。デザイナーとしての視点を持つ、五味太郎さんの本へのこだわりも感じられます。背表紙の緑は本棚に刺したときに目立つようにと考えられたもの。子どもたちが手に取りやすい、目につきやすいようにと工夫がされているんです。

『かんかんかん』

文/のむら さやか 制作/川本 幸 写真/塩田正幸(福音館書店) 本体800円+税

 

2010年発売の比較的、新しい0歳児から読める絵本です。不思議な踏切に「かん かん かん」と遮断機のリズミカルな音がして、いろんな列車が通ります。現代写真家の塩田正幸さんの写真が使われていることにもぜひ注目してみてください。

『100』

作/名久井直子 写真/井上佐由紀 (福音館書店) 本体900円+税

写真絵本をもう1冊。こちらもグラフィックデザイナーの名久井直子さんと、写真家の井上佐由紀さんという組み合わせが新鮮です。どんぐり、貝がら、輪ゴムなど、子どもたちの身のまわりにあるものを100ずつ集めた、写真絵本ならではの発想です。数学が得意だったという名久井さんによる、楽しく「数」と関われる絵本です。

『Michi』

作/junaida(福音館書店)本体2,300円+税

字のない絵本です。表紙をめくると男の子らしき子が、裏表紙をめくると女の子らしき子がいろんな「道」を歩いて、真ん中で出会います。これこそ、楽しみ方が自由。読み方がわからないとおっしゃる方もいますが、適当に話を作っても、迷路みたいに楽しんでもいい。子どものほうが「お話」づくりが上手なこともあると思うので、想像力に任せて一緒に膨らませてみてください。

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