自閉症の少年とディズニー映画が起こした奇跡。『ぼくと魔法の言葉たち』監督が語る、子どもたちの中にある“特別な贈り物”とは?
ー『ぼくと魔法の言葉たち』の主人公は自閉症の青年オーウェンです。彼の父親であるロン・サスカインド氏は、ピューリッツァー賞を受賞した著名なジャーナリストであり、息子との日々をまとめた「ディズニー・セラピー 自閉症のわが子が教えてくれたこと」の著書でもあります。監督は、ロンさんと古くからのお知り合いだったそうですね。
「そうですね。ロンとは15年来の友人で、彼とは一緒にいくつも仕事をしてきた仲間でもあります。だから、オーウェンともまだ彼が幼いころに会っているはずなんですが、正直、その時のことはあまりよく覚えていなくて……。『ディズニー・セラピー』についてロンから話を聞いて、ぜひドキュメンタリー映画として撮ってみたいと思い、2014年にオーウェンに会いに行ったところからこのプロジェクトはスタートしました」
ー2014年だとオーウェンは22歳。彼は大学でディズニーのアニメーション映画を観て、ディスカッションする「ディズニー・クラブ」を主宰していました。その様子はこの映画の中に何度も登場します。
「実は、僕はそれまで自閉症についてほとんど知識を持っていなかったんです。だから、ロンのすすめでディズニー・クラブを訪れて本当にびっくりしました。クラブには、オーウェンだけでなく多くの自閉症の学生たちが参加していました。彼らはディズニーの映画を観て、それを現実社会で生きるためのヒントにしていたんです。映画のワンシーンごとに意見を交換して、それが人生にとってどういう意味があるかを考える。とてもすばらしいと思いました。そして、オーウェンはそのクラブのすぐれたリーダーだったんです。また、オーウェンは大学卒業を間近に控えていました。卒業後は、親元を離れ、ひとりアパートに引っ越すというプランでね。それって、いわゆるふつうの若者たちと同じですよね。人生で最初に訪れる、とても大きな変化のある旅立ちのタイミングです。そして、彼には素敵な恋人もいたました。そういう状況が、とても映画的だなと思いました。彼がディズニー映画によって言葉を取り戻した過去と、現在進行形で進むとても普遍的なティーンエイジャーとしての成長の物語。それぞれが、オーウェンという人物の世界をより明確に、そしてリアルに伝えてくれると思いました」
—劇中、オーウェンは自分を奮い立たせるために『ライオンキング』を観たり、親元を離れ心寂しい時には『バンビ』を観たり、自身の心情を、ディズニー映画を通して伝えてきます。これは、ドキュメンタリーを観ている私たちにとってもとてもわかりやすく、オーウェンの心を覗き見る手立てになりました。
「自閉症の子どもたちとコミュニケーションをとるのは難しいと言われているけれど、オーウェンは自分の気持ちをすべてディズニーの映画に重ねていってくれる。撮影中も、それはずっと変わりませんでした。常に、オーウェンは自分が作り上げた物語“脇役たちの国”の中に住んでいるんです。私たちからみたら、単なる独り言のようでも、彼の中ではキャラクターとの対話になっていて、その言葉には意味がある。そのことを理解して、彼の言葉に耳を傾けることが大事なんです」
—最初にそのことに気づいたのは、父親であるロンでした。3歳で言葉を失ったオーウェンと、7歳になったとき『アラジン』のキャラクターであるイアーゴを通してはじめて会話をする場面は感動的です。
「この映画を通して、サスカインド家の両親から学ぶべきことはたくさんあると思います。常に子どもに目を向けて、そして諦めないということ。ロンと妻であるコーネリアはそれを地道に続けてきたんだと思います。ときには床に隠れて、ディズニーのキャラクターになりきってみせる。それは傍からみたら、何をやっているんだ!? と不信がられることかもしれません。でも、大事なのは大人たちの世界に子どもを無理やり連れて行こうとすることではない。こちらから、子どもたちの世界へ行ってあげることで、彼らの考えていることや望むことがわかるようになるんです」
—この作品に対して、ディズニーは非常に好意的に素材の使用を許可したそうですね。ディズニーのキャラクターを別のアニメーションスタジオが描いているのに、とても驚きました。
「そうですね。『ピノキオ』や『ダンボ』、『ヘラクレス』などアニメーションの映像が作中に10作以上登場します。さらに、オーウェンが作り出した“迷子の脇役たちの国”をアニメーション化するために、様々な作品のキャラクターを一緒の世界観の中に描くこと、そして、それを別のアニメーションスタジオが描くことを許してくれました。これは、とても異例のことだと思います。その説得には1年以上かかりましたが、最終的にはオーウェンの物語にとても共感してもらい、快く協力してくれたんです。ディズニーの人々も、ディズニーの映画がここまで、ひとりの人間の人生を変えているという事実は衝撃だったそうです。オーウェンによるディズニー・クラブの映像を観てもらったんですが、みなさんとても感動していました」
—オーウェンのように、自閉症という困難を抱えながら前向きに進むためにはどんなことが必要だと思いますか。
「オーウェンがディズニー・クラブのリーダーを務めている時、彼はとても立派でまるでヒーローのようでした。また、自閉症のカンファレンスでスピーチをした際もとても見事にこなしていました。それを“素晴らしい”とオーウェンに伝えると、彼は“そうさ、僕はヒーローだからね”と言っていました。だけれど、それは自分が特別だからじゃない、たまたまここにいるだけでその役割を果たしているだけにすぎないんだ、とも言っていました。とても賢明な言葉ですよね。だから、この映画を観て、彼だから得た結果だと思わないでほしいですね。オーウェンは、物語への理解力を誰よりも持っていた。それが、彼が得た、特別な贈り物です。それと同じように、子どもたちは、それぞれが特別な何かを受け取っているはずなんです。それが何かを理解し、みつけてあげることが必要なんだと思います。とくに自閉症の子どもたちにとってはそうなんだと思います。自閉症は欠点や障害ではない。私はオーウェンと出会ってそう思うようになりました。単なる相違点なんです。ちょっと、ほかの人と違うからというだけで、それを、理解できないものとして置き去りにし、可能性を逃してしまうのは、とても残念だし、もったいないことだと思います。社会はもっと、彼らのギフトを活かしていけるようにならないといけないと僕は思います」