「何もないからこそ創造力は生まれる」長嶋りかこが考える、子どものクリエイティビティを引き出す絵本とは【絵本と本と私の物語 #06】
「子どものアート思考を鍛えたい」「クリエイティブな感性を引き出してあげたい」
そう思いつつも、実際そのためにどんなことをしてあげると良いのか、悩む親も多いだろう。今回グラフィックデザイナーの長嶋りかこさんが「子どもの創造性を引き出してくれる一冊」として、ある絵本を教えてくれた。
自身の幼少時代や我が子の子育てを通して長嶋さんが実感した、子どものクリエイティビティを伸ばすために必要な要素とは?
“何も無い”からこそ生まれる、クリエイティブなアクション
「目の前に情報が足りなければ足りないほど、自分の内側からクリエイティビティは引き出されるもの、と私自身は思っています。何かに見立てようとイマジネーションが引き出されたり、言葉を付け足してみたり、描いてある線を真似て違う線を描いてみたり……。自発的に関わっていく・作り出していくという創造的な姿勢は、隙間なく情報が詰め込まれ、次から次へと与えられていくような環境だと生まれない、というのが自分の幼少期を振り返っても今育児をしていても体感していることです」
都市部に住んでいると、情報にも、場所にも、物にも満たされた生活が容易に叶うだろう。一方で長嶋さんは幼少時代、何もない田舎の村で、さらに裕福ではないという環境の中で育った。「実家にはおもちゃもほとんどなかった」というが、そんな中で生まれたのは“自分で作る”というアクションだった。
「友達の家で見たあのおもちゃが欲しい、けど買えないから自分で作ろう。塗り絵が欲しい、けど買えないから自分で描いてみよう。目の前には木や葉っぱや土があり、鉛筆も段ボールも釘もノコギリもある。そうして花や葉っぱを組み合わせていたらネックレスができたし、裏山の竹をナタで細く切ってしならせて糸を張れば弓矢ができたし、段ボールを使ってドールハウスのような小さな家もできた。父や祖父母も同じように自作し、壊れれば修理し、別のものに形を変えたりして暮らしていたので、私にとっては当時それが普通のことでした。でもこうして今、物が溢れかえり情報に囲まれる環境で暮らしてみると、あの頃の『足りない』という環境は、自分にとって唯一無二であり、他には無い贈り物だったと思うんです」
何も無いからこそ想像力が生まれ、創造的な活動へと繋がっていく。その姿勢は大人になるにつれ長嶋さんの核となり、グラフィックデザイナーとなった今、仕事に生かされている。
「思春期の頃は全く違う環境で育ったさまざまな人たちに出会い、自分はなんて貧しく何もない場所で育ったんだ、と落ち込んだり苛立つこともありました。けど同時に、それが今の自分の要素としてとても大事な部分なんだとも感じていて、その気持ちは思春期を過ぎてからどんどん大きくなりましたね」
「見立てる力」が創造力を育んでくれる
自分自身が育った環境とは真逆にある、情報に満ちた「東京」という地で暮らす中でも、息子さんにはなるべく「足りない」ところから何かを「生み出す」力を身につけてもらいたいと願っている。そんな想いで育児に取り組む中で、初めて息子さんに贈った絵本が元永定正の作品だった。
「妊娠中に具体美術家の元永定正さんの存在を初めて知り、元永さんの絵本をたくさん購入しました。最初に買ったのは『もけら もけら』。絵と言葉が全くリンクしていない内容で、こんな絵本があるのかと衝撃でしたね。絵が特に気に入ったのが『もこ もこもこ』で、産まれたら見せてあげたいと購入しました。実際に子どもが気に入ってよく読んでいたのは、『がちゃがちゃどんどん』と『おおきいちいさい』かな」
元永定正といえば、詩人の谷川俊太郎とタッグを組んだ作品を多く発表していることでも知られている。特に、見る者のイマジネーションを掻き立てる元永のイラストに、谷川のリズミカルな擬態語がマッチした『もこ もこもこ』は「赤ちゃんが読む初めての一冊」として根強い人気を誇っている。
「元永定正の絵本の魅力は、抽象的なイラストをこちらがさまざまに見立てながら読むという、フィジカルな体験をさせてくれるところにあると思います。谷川俊太郎の言葉遊びも相まって、既成の形や意味から自由になり、新しい形や意味を見立てていく内容でとても好きです。読み聞かせる方も、書かれている言葉をどのくらいの声のボリュームでどんな風に読めばこの抽象的な絵を最大限に表現できるか、ということを試されるので、自然と身振り手振りで読んでしまいますよね。いま思うとはじめて親になった自分にとっても、『読み聞かせ入門』として良かったなと感じます」
もう一冊、元永作品と同じく読み手の「見立てる力」や「創造性」を育んでくれる絵本として長嶋さんが挙げてくれたのが、レオ・レオニのデビュー作『あおくんときいろちゃん』だ。本作は、汽車での移動中に騒ぎ出した孫のために、レオ・レオニが手元にあった『LIFE』誌の青と黄色の箇所をちぎりながら、即興でお話を作ったことから誕生したといわれている。
「ちぎられた紙の形と色から、心情や人間関係を見立てて物語が構成されていますが、これでお話が作れるのだから何だって見立てられるな、と驚きましたね。作家自身の見立てるというプリミティブな創作が元になっているだけあり、こちらが想像する余白に溢れていて、『あなたもそこにある紙をちぎってすぐできますよ』という誘いも感じます。なにも高価なおもちゃを買う必要はない、そこにある一枚の紙で、月にも行けるし、魚にもなれるし、親子の宝物も作れるのだと。そうやっていつでも、子どものように大人のあなただって、はじめることは出来るんだと絵本が教えてくれている気がします」
東京での子育てで大切にしたいこと
絵本は子どもに向けられたメディアだからこそ、直感的で易しい内容になっているが、「シンプルだからこそ、感性の一番柔らかい部分をトントンとノックして、一番深い場所を刺激してくれる」と長嶋さんはいう。また、絵本を読みながら親子で創造的な体験を楽しむだけでなく、レオ・レオニのように身近なものを何かに見立てストーリーを作る工作遊びも、普段から取り入れているそうだ。
そんな風に長嶋さんの子育ては、特別なモノを用意したり、特別な機会を与えることをせずとも、日常の中で自然と子どもの感性が磨かれる工夫が散りばめられている。
「自分がモノの無い環境で育ったと言うこともあり、子どもには色々と買い与えるのではなく、一緒に一から作りたいなと思っています。ただ一方で夫は全く正反対で、子どもから欲しいと言われるがままに与える人。何度話しても育児の方針が合わないので(笑)、じゃあ私の方ではなるべく情報過多にならないように、モノを与え過ぎないよう気をつけようと調整して子育てをしています。
動画も絶対NGにする訳ではなく、忙しくてどうにもならないという時は「親のお助けツール」として頼ることも、もちろんあります。でも垂れ流しで見せるのはダメだなと思っていて。これは大人もそうだと思いますが、動画に没入している様子を観察すると、やはり息子からの主体的な反応がないんです。一緒に絵本を読んだり、絵を描いたり、何かを作るときの息子と全然様子が違った。だからせめて動画を見せるにしても、例えば工作動画のような『これ面白そう、作ってみたい』といった子どもが何か行動を起こすキッカケになるようなコンテンツを見せたいなと思っています。子どもの主体性を引き出せる環境を整えてあげることで、創造的な思考は自然と身につくのではないでしょうか」