03 優しさと世知辛さの一期一会
グラフィックデザイナーの長嶋りかこさんが、妊娠して日々変化する体から、今まで見えなかったことに日々出会い、新陳代謝していく景色を綴るエッセイ。 お腹が大きくなり始めた5ヶ月目くらいから、隙あらば「赤ちゃん」というものをまじまじ見たい欲求にかられるようになっていた。道端で、電車で、ネットで、どこであっても視界に入ると目で追い、他人の子どもでもかわいくて、思わずデヘヘと緩い顔で見てしまうのだった。 新生児らしき赤ちゃんをカンガルーのように布で胸元に巻きつけている人の姿は特にぐっとくるものがあり、母にフニフニとぺったりくっついている赤ちゃんの頼りないさまが愛おしく、支柱となる母がいなければ成り立たない相互関係が甘やかで特別な時間に思え、はばからずじっくり見てしまう。先日バスを待っていたときも、同じくバスを待つ女性の胸元にちっちゃな新生児が、布で母体と一体になって巻かれペトっとくっついている姿がもうたまらなくて、その赤ちゃんと布と母との三位一体具合を、それはそれはじいっと見てしまった。「いま何ヶ月ですか?」あまりに熱い視線を送り続けてしまったせいで、彼女が声をかけてくれたことに一瞬あわわとなったが、それから彼女は、この布は子育てが終わった友人からもらったことや、彼女にとって便利で向いている理由や、彼女の三人目の子供の子育てのことなど、優しく色々話してくれたのだった。 また別の日は、電車の中で。赤ちゃんを抱っこした女性が座っており、ちょうど席が全て埋まっていたので、しめしめと近くに立ってかわいい赤ちゃんを存分にデへへと眺めていた。「いま何ヶ月なんですか?」またもや私の熱いじっとりした視線に、彼女は笑みを返してくれた。5ヶ月なんですとこたえ、わたしと彼女は、出産にまつわる話や、つわりの話、妊娠の話、ついかわいくてじっと見てしまうこの欲求のことなどを話した。そしてひと息ついて彼女は私のお腹を見て、「今思うと妊娠の時間が一番ゆったりと幸せな時だったなあ、、、」と笑った。、、そうなんだよなあ、きっと本当にそうなんだろうなあ。一瞬遠い目をしたかのように見えた彼女の毎日はどんなものなんだろう。まだ見ぬ未知の怒濤の時間が、果たしてどんなものなのか、同様に身の回りのいろんな人達からも聞くものの、実感を伴うわけもなく、想像してはやはり未知すぎてただただ「そうなんですねぇ、、」とぼんやりするだけの私であった。